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Web 共済と保険2026年9月号

カナダの協同組合運動とフェアトレード(第4回・最終回)
―時空を超えた小さな連帯を支える友愛と尊厳―

獨協大学 外国語学部 教授
北野 収(きたの しゅう)

(第1回から読む)

1.はじめに

 本連載ではこれまで、戦前のアンティゴニッシュ運動、戦後のラテンアメリカの解放の神学、フェアトレード運動、ジャストアス!、そしてUCIRIについて概観してきました。これらを一言で表すなら、「時空を超えた小さな民の連帯」ということになるでしょう。

 そこには100年という長い年月、カナダ・ノバスコシア州とメキシコ・オアハカ州という物理的距離、資本主義社会に生きる人々と私有財産の概念をもたない先住民の人々との違い、そして自然や宗教をめぐる様々な文化的距離が存在していました。

 最終回となる本稿では、歴史の隙間にあるこぼれ話や、日本とのつながりに関するいくつかの情報を紹介し、最後に資本主義と連帯経済について考えていきます※1

※1 本稿の情報は、特記あるもの以外は原則として拙訳著、ステイシー・バーンほか著『労働者協同組合とフェアトレード』(彩流社、2026年1月)と訳者解説を参照している。

2.ジャストアス!現代表と日本とのつながり

 ジャストアス!の現代表(GM)のジョーイ・ピトエロ氏は、同僚からの支持を得て、創業者のムーア夫妻体制からの移行という困難な事業を成し遂げました。

 ピトエロ氏は1980年生まれ、ノバスコシア州の出身です。クイーンズ大学で天文物理学を学んだ後、欧米とは異なる文化に触れたいと考え、2003~2007年にかけて、愛媛県今治市の岡村島で中学校ALT(外国語指導助手)として勤務しました。

 人口600人の離島で、英語がほとんど通じない環境に身を置き、農家を手伝いながら日本語と農業を学んだ経験は、彼の価値観を大きく変えました。多様な柑橘類の存在や、地域行事の中心には必ず「食」がある文化に触れ、食・農・コミュニティの結びつきの強さに深い感銘を受けました。

 帰国前には長野県の有機リンゴ農家でも研修を受け、食と農、環境、社会正義への関心を強めました。帰国後は地元ノバスコシアで有機農家として就農し、その後2009年にジャストアス!に入りました。生産ラインからキャリアを積み、2016年に仲間からの信頼を受けてGMに就任しました。

 将来的にはフェアトレードよりも地域の生産者との直接的な関係構築に軸足を置き、地元の既存団体との連携を重視する方針です。また農家としても、有機栽培や羊の飼育、ウイスキー用のライ麦など、地域では珍しい作物などに挑戦し、地元への食料供給と農作業体験を通じた精神的健康への貢献を目指しています。

3.コープ・デベロッパー

 コープ・デベロッパーとは、地域住民の協同組合づくりを支援する専門家であり、カナダの協同組合運動を陰で支える存在です。

 ジャストアス!の非常勤GMも務めるピーター・ハフ氏は、その代表的な人物です。トロント郊外で育った彼は、若い頃から「普通のキャリアは歩まない」と決め、大学には進まず工場労働者として働き始めました。

 その後ノバスコシア州に移住し、自力で家を建てた経験をきっかけに建設業を始め、仲間と協同組合形式の建設会社を立ち上げました。また同時期に、妻が起業した園芸ビジネスも、協同組合化しました。

 ハフ氏は、あるワークショップをきっかけに協同組合の理念に魅了され、設立支援団体の理事やマネージャーとして活動を広げていきます。

 建設業の閑散期に始めた協同組合支援の仕事は、やがて本業となり、地元で魚の孵化場、食料品店、カフェ、農業事業など多様な協同組合の立ち上げを支援しました。

 1991年には全国連合会の設立に関わり、初代理事長に就任しました。その後25年にわたり、連合会の運営や北極圏の先住民族協同組合支援に従事しました。

 学歴より現場経験を重視する姿勢を持ちながら、通信教育でMBA(経営学修士号)や神学修士号も取得し、協同組合の理念と社会観を深めていきました。

 コープ・デベロッパーは制度的に確立された職ではなく、多くは自営に近い働き方をしています。カナダ全土で約60人が活動し、フルタイムは10人ほどとされています。彼らの役割は、アンティゴニッシュ運動の「台所集会」の現代版ともいえます。

 地域住民の家に赴き、彼らの状況や希望を聞き取り、協同組合としての可能性を共に探る。重要なのは、専門知識よりも、現場の言葉を理解し、人々の創造性や情熱を引き出す力だとハフ氏は語ります。

 優れたコープ・デベロッパーは、住民が「自分たちにもできる」と感じ、次の一歩を踏み出すエンパワーメントを生み出す存在なのです。

4.ウルフビルとアカディア大学

 フェアトレード・タウンとは、2000年に英国北西部の小さな町ガースタンで始まった運動です。途上国と先進国の「まち同士」がつながる、ボトムアップのまちづくりでもあります※2

 日本のフェアトレード・タウンの原則には「地産地消」が含まれています。一方で、その条項の有無にかかわらず、カナダでも「アメリカ産のリンゴを販売していたところ、客たちはあまり良い反応を示さなかった。彼らは店長に対し、なぜアナポリス・バレー産の地元のリンゴではなく、アメリカ産のリンゴを売っているのかと繰り返し尋ねた」※3 とあるように、地域回帰はフェアトレード・タウンの基本理念の1つとなっています。

 ノバスコシア州ウルフビルは、2007年4月にカナダ初のフェアトレード・タウンとして認定されました。カナダでフェアトレード・タウンになるには、市議会・地元企業・住民の支持に加え、継続的な取り組みを担う運営委員会の設置が必要であり、職場・教会・学校でフェアトレード製品を使用し、地域で持続可能な活動を推進することも条件となります。

 この構想を提案したのは、ジェフとデブラのムーア夫妻で、2006年10月に市議会へ働きかけました。当時のボブ・ステッド市長は、「ウルフビルは豊かな農業地帯にあり、地元産品を正当な価格で購入する意識が強いため、フェアトレード理念が自然に受け入れられた」と語ります。

 市長は、フェアトレードと地産地消は競合するものではなく、むしろ互いを補い合うな関係にあると考えており、地域で生産できる果物やワインをわざわざ輸入しないという姿勢とも一致していたといいます※4

 ウルフビルは人口約5,000人の小さな大学街で、中心にはアカディア大学があり、商店街と住宅地、その外側に広がる農地が調和する美しい町です。北側はファンディ湾に面し、州都ハリファックスから車で1時間ほどの距離に位置します。

 周辺には知識人やアーティストが多く暮らし、ジェフ・ムーア氏はこの地域の特徴を「保守的な農村地域の中に限定的に存在する進歩性」と表現しました。この言葉は、アメリカ北東部やアトランティック・カナダに点在する「小規模家族農業を基盤とした農漁村の中に輝く大学街」(筆者の表現)の姿を想起させます。

 そこでは世界的な知性が田舎町に暮らし、学生は寮や街中で生活し、大学と地域社会が一体となっています。住民は学生を家族のように支え、町にはノーベル賞級の研究者が普通に暮らす。こうした知的集積の輝きが地域の誇りとなり、ムーア夫妻のような地域密着型の知識人を育む土壌となっています。

 北米では有力大学の多くは、大都市でなく、農村部に立地しています。受験生の都会志向が根強い日本では考えられないことです。

 アカディア大学は環境学のプログラムで知られており、2017年にはカナダ沿岸州地域で初めて「フェアトレード大学」に認定されました。ジャストアス!のフェアトレード・コーヒー博物館の監修も同大学の教育学教授が務めています。

 アカディア大学はフェアトレードと地産地消が有機的に交差する象徴的な場となっているのです。

※2 山本純一(2025)『フェアトレード原論』明石書店、319頁。

※3 Par Hélèna Katz (2008) "Wolfville: Fair Trade Town." VIA Distinctions, Green Issue.
https://www.viarail.ca/sites/all/files/media/pdfs/via_destinations/2008/vol5n2/via_destinations_200804_p28b.pdf(2026年3月4日閲覧)

※4 Par Hélèna Katz (前掲記事)

アカディア大学
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撮影:筆者

アカディア大学の学生食堂
図

撮影:筆者

5.グローカルな実践が有機的に交差する場所

 ピトエロ氏のビジョンに示されるように、フェアトレード、地産地消、オーガニックは「倫理的消費」「産消提携」「連帯経済」という観点からみれば、相互に結びついた表裏一体の関係にあります。

 北米版の地産地消として「シビック・アグリカルチャー」※5 があり、その実践には地域支援型農業(CSA)、ファーマーズ・マーケット、農家直売所などが含まれます。産消提携は日本の有機農業運動から生まれ、北米のCSAにつながる市民主体の連帯経済の源流となった概念です。

※5 トーマス・ライソン(2012)『シビック・アグリカルチャー ―食と農を地域にとりもどす』北野収訳、農林統計出版。

 今日の北米では、CSA、ファーマーズ・マーケット、直売所、コミュニティ・キッチンなどがシビック・アグリカルチャーの一部として理解され、ノバスコシア州では地産地消(シビック・アグリカルチャー)とフェアトレードが日常的に共存しています。

 ウルフビルのCSA集出荷施設では、集出荷業務やコミュニティ・キッチンが行われる日に限り、ジャストアス!カフェが出店します。またファーマーズ・マーケットでは、豆が輸入品であっても地元業者が焙煎したコーヒーは「地元産品」として扱われ、他の農産物と並んで存在感を示しています。

 ノバスコシア州の地元資本による大手スーパーでは、「国産」「大西洋岸州産」「ノバスコシア州産」「地元(アナポリスバレー)産」という4段階の原産地表示が赤いプレートで掲示され、その中に「オーガニック」「フェアトレード」「Non-GMO」のロゴが付いた商品が並んでいます。

州都ハリファクス市内の大手スーパーの棚
図

撮影:筆者

6.フェアトレードから考える資本主義と連帯経済

 資本主義の社会構造は歴史的に特異であり、経済が社会に埋め込まれていた過去とは逆に、利潤追求が人間の関心を凌駕する仕組みが形成されました。

 カール・ポランニー〔経済人類学者〕が述べるように、資本主義は社会関係を経済の「付属物」へと変え、人々は経済に仕える存在となりました。この構造は不満を蓄積し、市場社会そのものを不安定化させます。

 こうした状況に対し、「利潤よりも人間」を掲げるフェアトレードや労働者協同組合は、資本主義内部に矛盾を抱えながらも対抗しようとしています。ジャストアス!もその一例であり、利潤追求と協同組合づくりの間で揺れ動きつつ、「南(グローバル・サウス)」の生産者や組合員への公正な関係構築を進めてきました。

 レボウィッツ〔協同組合論・社会主義論の理論家〕が指摘するように、協同組合も資本主義の補完物へと転化しうるため、参加型民主主義を強化する努力が不可欠です。協同的で民主的な職場を築く試みは困難ですが、資本主義の中で新たなモデルを模索する重要な実践なのです※6

※6 バーン/シャーペ、226-231頁。

 著書『フェアトレード原論』のなかで、山本純一氏は「資本主義の倫理化は可能か」という問いに対して次のように述べています。「原理的には資本主義の倫理化も差別=不公平の撤廃も不可能だが、実践的にはフェアトレードや連帯経済などの『希望の道』がある。ただし、そのためには人びとの意識改革・態度変容が前提となる。[...]フェアトレードが人びとによって、『小さいが、意義のある物語』として、また民主主義と同様、『未完のプロジェクト』として語り継がれ、継続されないかぎり、社会は変わらない」※7 。協同組合運動も同様だと思うのです。

※7 山本純一(2025)『フェトレード原論』明石書店、325頁。

7.むすび

 冒頭で述べた「距離」にもかかわらず、小さな民の実践が、人と人との出会い・学び・友情を通じて、遠く離れた土地へと越境し、伝播していく姿を確認してきました。

「時空を超えた小さな連帯」の伝播の概念図
図

出典:北野収(2024)「時空を超えて越境する⼩さな農的連帯」、北野収・⻄川芳昭編『新装版 ⼈新世の開発原論・農学原論』創成社 206⾴。

 これらは厳密な意味で経験科学的事実とは言えないかもしれません。しかし、大恐慌、戦争、冷戦、経済グローバル化、自由貿易といった「表の世界史」の陰で、細く小さな連帯の物語としてひっそりと紡がれてきた営みです。

 モーゼス・コーディ神父らアンティゴニッシュ運動の指導者(社会教育・協同組合運動)、フランツ・ヴァンデルホフ神父(解放の神学・フェアトレードの父)、ムーア夫妻(障がい者支援・フェアトレード労協)、ジョーイ・ピトエロ氏(フェアトレード・有機農業者)といった「キー・パーソン」に共通するものは何でしょうか。

 それは、当事者の主体性と内発性、温情主義(パターナリズム)に陥らない対等な関係、共通善の追求、そして慎ましくも人間らしい生活の保障であり、友愛と尊厳の追求ともいえます。

 こうした価値観は、人と人とのつながり=アソシエーショニズム、利他主義、共同性、市民的公共性、草の根レベルの民主主義といった理念に結びつきます。そこには、西欧の市民社会と非西欧の先住民文化を橋渡しする可能性が潜んでいます。

 これは、持続可能性の理念そのものを否定するものではなく、一部の功利主義的議論に見られる「成長のための免罪符」としての持続可能性とは異なる、より根源的で、本来の意味での持続可能性に必要な人間観・自然観でもあります。

 小さくともグローバルな連帯、そしてキー・パーソンたちの言葉と実践が示してきたものから、協同組合運動とは何か、連帯経済とは何かという問いを改めて熟考するための手がかりを、全4回にわたってお伝えしてきました。本連載の物語は、読者の皆さまに少なからぬ示唆を提供してくれるはずです。

 本連載に関心を寄せてくださった方は、関連する文献として、拙訳著『労働者協同組合とフェアトレード―地域と世界をむすぶ連帯ビジネス』および『貧しい人々のマニフェスト―フェアトレードの思想』も併せて参照していただければ幸いです。

(了)

■執筆者プロフィール

北野 収(きたの しゅう)

獨協大学外国語学部教授、大地の大学日本校副代表、専門は、国際開発論、連帯経済論、食料農業問題。コーネル大学Ph.D.、元農林水産官僚。

主な著書に『私の中の少年を探しに―ーある「農学者」が回想する昭和平成』(デザイン・エッグ、2024 年)、 『南部メキシコの内発的発展とNGO』(勁草書房、補訂版2019年)、『人新世の開発原論・農学原論』(創成社、新装版2024年)など、 訳書にフランツ・ヴァンデルホフ『貧しい人々のマニフェスト』(創成社、2016年)、アルトゥーロ・エスコバル 『開発との遭遇』(新評論、2022年)などがある。

カナダの協同組合運動とフェアトレード(第4回・最終回)―時空を超えた小さな連帯を支える友愛と尊厳―獨協大学外国語学部教授北野収きたのしゅう