協同組合と共済事業の発展をめざし、調査・研究、教育・研修、広報・出版活動のほか、共済相談所として苦情・紛争解決支援業務を行っています。
文字サイズ
  • HOME
  • Web 共済と保険
  • カナダの協同組合運動とフェアトレード(第1回) ―アンティゴニッシュ運動とその遺産―

Web 共済と保険2026年6月号

カナダの協同組合運動とフェアトレード(第1回)
―アンティゴニッシュ運動とその遺産―

獨協大学 外国語学部 教授
北野 収(きたの しゅう)

1.はじめに

 ステイシー・バーン/エロール・シャーペ著『労働者協同組合とフェアトレード―地域と世界をむすぶ連帯ビジネス』(彩流社、2026年1月刊行)は、カナダ東海岸ノバスコシア州で1996年に創設された「ジャストアス!珈琲焙煎組合(Just Us! Coffee Roasters Co-op)(以下「ジャストアス!」)」の、試行錯誤に満ちた歩みを描いた本です※1

※1 本稿の情報は、特記あるもの以外は原則として拙訳著と訳者解説を参照している。

 今日、この組合はカナダで最も成功したフェアトレード団体の1つとして広く知られています。実際には、設立以前の準備期間を含めれば、すでに30年以上の歳月が流れており、その歴史は決して短くありません。

 さらにその背景をたどると、100年以上にわたり脈々と受け継がれてきた、カナダが世界に誇る協同組合運動の「歴史の縦糸」に触れざるを得ません。

 4回の連載の初回にあたる本稿では、同組合の事業内容や経営史の詳細は次回に譲り、前史として重要なノバスコシアという土地の概観と、その歴史的背景について述べたいと思います。併せて、日本の協同組合の父である賀川豊彦との関係にも少し触れたいと思います。

 世界の協同組合運動といえば、英国のロッチデール公正先駆者組合、スペイン・バスク地方のモンドラゴン生産協同組合、そしてカナダ・ケベック州の取り組みが広く知られています。

 しかし、日本ではあまり注目されていないこの土地こそ、世界の協同組合運動史において、ある種の「聖地」の1つと呼ぶにふさわしい場所なのかもしれません。

2.ノバスコシア州の概要

 カナダは面積こそ日本の約26倍に達しますが、人口は日本の3分の1にも満たない国です。広大な国土を持つカナダは、資本主義世界の大国であるアメリカ合衆国と、アラスカとの国境を含めて全長8,891キロに及ぶ世界最長の2国間国境を共有し、公用語が英語である点も共通しています。

 それにもかかわらず、特に東海岸の沿岸州(Maritime Provinces)やケベック州では、資本主義の枠組みの中にあっても協同組合経済や社会的連帯経済といった社会主義的性格を持つ経済活動が顕著に見られます。

 ノバスコシア州はカナダ大西洋岸に位置する州で、フランス語圏であるニューブランズウィック州と州境を接し、北側には『赤毛のアン』で知られるプリンス・エドワード・アイランド州があります。作者ルーシー・モンゴメリはノバスコシアの州都ハリファックスにあるダルハウジー大学で文学を聴講していました。

 州の大部分はカナダ本土から大西洋に突き出したノバスコシア半島で構成され、北部にはケープブレトン島が位置します。同島はカンソー・コーズウェイ(Canso Causeway)とカンソー運河橋(Canso Canal Bridge)によって本土と結ばれています。

 ノバスコシア州の面積は55,284km²で、カナダの州としてはプリンス・エドワード・アイランド州に次いで2番目に小さい州です。これは日本の総面積の約7分の1に相当し、規模としては北海道と九州の中間ほどの大きさです。

 人口は約100万人で、その約半数が最大都市で州都のハリファックス都市圏に集中しています。このため、州都以外の地域は人口密度が非常に低く、主要道路沿いに小規模な町や集落が点在しています。

 主要産業は漁業と水産加工業で、ロブスター、ホタテ、ズワイガニなどの水産物が重要な産出品となっています。水産業に次いで鉱業も盛んで、採石(石材・砂利)、石膏、塩、金、レアアースなど多様な資源が採掘されています。

 都市部では教育やIT関連の雇用が増加しており、産業構造の多様化が進展しています。州内には4年制大学が10校(うち1校はフランス語で教育を行う大学)存在し、面積や人口規模を踏まえると、ノバスコシア州がカナダの中で「教育州」と呼ばれる理由が理解できます。

 後段および別の回で述べるように、大学は同州の協同組合運動やフェアトレード運動において極めて重要な役割を果たしてきました。

ノバスコシア州
図

© OpenStreetMap contributors

3.アンティゴニッシュ運動とその遺産

 産業革命後の19世紀、イギリスやドイツで生まれた協同組合は、カナダの大西洋岸諸州にも広がりました。イギリス系移民がロッチデール組合などの経験を持ち込み、ニューファンドランドの鉱山や工場で組合を組織したこと、またケベック州やノバスコシア州のアカディアンなどフランス語系住民の動きが重なり、協同組合が発展しました※2

 ここでは、ノバスコシア州で展開した社会教育・協同組合運動であるアンティゴニッシュ運動を概観します。

 1920〜30年代、大恐慌の中でノバスコシア州の漁村は深刻な貧困に陥り、移住や出稼ぎが相次ぎました。地域のカトリック聖職者は、アンティゴニッシュ町にある聖フランシス・ザビエル大学(StFX、以下「聖ザビエル大学」)に社会教育の役割を担わせ、漁民の自立支援を促しました。

 1928年に同大学は社会教育普及部門(エクステンション・デパートメント)を設置し、1929年に教育学教授のモーゼス・コーディ神父(1882~1959)が部門長に就任しました。彼は地域に足を運び、1930〜34年にはほとんどの漁村を訪問し、成人教育アプローチ(学習サークル、台所集会、週末学校、ラジオ講座など)を用いて、共同の問題解決による地域づくりを進めました。宗教色は薄いものの、「人間の尊厳と能力の発展」というキリスト教的信条が基盤となりました。

 このようなカナダのノバスコシア州アンティゴニッシュの漁村を中心に展開した協同組合運動・成人教育運動は、のちに「アンティゴニッシュ運動」と呼ばれるようになりました。

 こうした活動を土台に、1934年以降、漁業協同組合と連合会が設立され、ロブスターやタラなどの共同出荷、冷凍加工が組織化されました。貧困漁民の多くはフランス語系カトリックでした。

 また農協、女性工芸協同組合、購買・鉱山労働者協同組合、信用組合など多様な協同組合が生まれ、コーディ神父は女性の権利向上にも尽力しました※3 。アンティゴニッシュには途上国からの研修者も多く訪れ、1980年代のフェアトレード運動の地ならしにもつながりました。

※2 グレッグ・マクラウド「アカディアンの歴史と協同組合」坂林哲雄訳『協同の発見』108号、2001年、44~59ページ。

※3 ジャストアス!フェアトレード博物館の説明文「Developing the Co-op Movement」より。

 1959年のコーディ神父死去後、聖ザビエル大学にモーゼス・コーディ国際研究所が設立され、今日ではアフリカやインドなどで地域づくり支援を行っています。

聖ザビエル大学 モーゼス・コーディ国際研究所
図

撮影:筆者

 同大学の卒業生で、コーディ国際研究所に所属(当時)するアンソニー・スコギンズ教授は、当時の地域が極度の貧困とカトリック人口の多さを特徴としていたこと、大学が地域の有能な若者を育てながら地域に還元していないと批判されていたことを指摘しています※4

 成人教育アプローチは、地域の人々の「作物収量を上げる方法」「魚を高く売る方法」「子どもの教育」など生活に直結した疑問に答える形で始まり、大学側は地域ニーズを理解していないことを認めざるを得ませんでした。

 こうしてコーディ神父らの活動が展開し、農協、生協、漁協、住宅組合、信用組合など多くの協同組合が誕生し、ノバスコシア州全域からアトランティック・カナダ(沿岸州+ニューファンドランド州)に広がり、240以上の協同組合を生み出しました※5

 戦後の経済発展で1960年代までに運動は衰退しましたが、スコギンズ教授は、この経験を「資本主義でも共産主義でもない経済の模索」であり、実は教育・健康・環境よりも経済面を重視していたと総括しています※6

※4 インタビュー、2019年3月11日。

※5 Doug Lionais. Social Enterprise in Atlantic Canada. Canadian Journal of Nonprofit and Social Economy Research. 6(1). 2015. pp.25-41.

※6 インタビュー、2019年3月11日。

 1970年代以降、鉱業や製紙業の衰退、福祉国家の後退に伴い、協同組合に加えて非営利団体やコミュニティビジネスなど社会的企業が活性化しました。現代の協同組合の隆盛はアンティゴニッシュ運動の遺産とされますが、それは1999年のコミュニティ経済開発投資基金(CEDIF)の設置や、再生可能エネルギー分野への拡大、2012年のコミュニティ利益会社(CIC)制度など具体的政策の成果でもあります。

 次回で取り上げるジャストアス!の本部に併設されているフェアトレード博物館の展示パネルでは、「コーディからフェアトレードへ」として、コーディ神父をノバスコシアの誇る人物として紹介し、彼の社会正義とコミュニティ活性化への貢献を称えています。コーディ神父とジャストアス!に直接の関係はありませんが、ジャストアス!の創業者ジェフ・ムーア氏が深く敬意を抱き、その精神が活動の底流となっています。ジャストアス!の本部の壁にはコーディ神父の肖像画が掲げられています。

ジャストアス!本部事務室のコーディ神父の肖像画
図

撮影:筆者

 ムーア氏は、別の回で取り上げるオランダからメキシコのオアハカ州に渡ったフランツ・ヴァンデルホフ神父(国際フェアトレード運動の父)とコーディ神父との共通性を念頭に、

「アンティゴニッシュ運動とラテンアメリカの解放の神学には明白なつながりがあり、それが結果的にフェアトレードとして実を結んだ。これはアトランティック・カナダ人が誇るべき歴史である。」※7

と明言しています。

※7 ジェフ・ムーア(2016)「序文」フランツ・ヴァンデルホフ『貧しい人々のマニフェスト―フェアトレードの思想』北野収訳、創成社、p.13.

4.協同組合運動の社会的風土

 ノバスコシア州は、イギリス系とフランス系(アカディアンと呼ばれる)の二項対立ではなく、ドイツ系・スコットランド系・ポーランド系・レバノン系・アフリカ系など多様な移民が集住し、孤立したコミュニティで独自の文化を形成してきました。交通事情の悪さから経済的に取り残され、これが協同組合や成人教育への強い動機となりました。

 今日でも、同州の漁村や農村を車で走ってみると、時折、フランス国旗に酷似した国旗(英国に敗れる前に存在したフランス系のアカディア国の旗)を軒先に掲げている民家が散在している様子を目にします。このようなフランス語話者は、経済的に取り残された貧困階級でもあります。

 以上のことから、同州の協同組合経済の特徴は3つあると考えられます※8

 第1は、同質的エスニック集団の共同性が「小文字の保守主義(small-c conservatism)」※9 と呼ばれる土着的で保守的な気質を生み、土地や資源への愛着を基盤に協同組合運動が育った点である。

 第2に、この保守性はよそ者への開放性を併せもち、「地域のために働く者」を受け入れる気質が革新を促した。大学街では外部視点が知的環境を生み、地域づくりに乗数効果をもたらした。

 第3に、人口・経済規模が小さく孤立しているため、ケベック州やスペインのカタルーニャ州のような政治的独立運動もなく、政府支援も限定的であった。市場統合や政治的動機が弱い中で、協同組合運動が自生的に発展し、現在では農協・漁協・生協・信用組合から、焙煎所、映画館、交通、介護、医療、マーケット、美術館まで、多様な社会サービスを担う基盤となっている※10

※8 以下、コープ・デベロッパーのピーター・ハフ氏の見解。

※9 経済合理性や功利主義的な損得勘定だけで物事を判断しない立場を指す。個人の利益最大化よりも、地域社会やコミュニティ全体の厚生を高め、その恩恵を分かち合うことを最優先の価値として掲げる思想である。この立場では、伝統や共同体のつながり、相互扶助の精神、地域の持続可能性といった要素が重視される。つまり、短期的な利益よりも、長期的な共同体の安定と豊かさを守ることが中心に据えられる。小文字の保守主義の対極にあるのが、開発・利権・選挙での集票を優先する「大文字の保守主義」である。

※10 George Karaphillis and Alicia Lake. Economic Impact of the Nova Scotia Co-operatives. Journal of Co-operative Accounting and Reporting. 2(2), 2015. pp.7-18.

ノバスコシア州の協同組合の概況(2011年)

業種 組合数 組合員数 組合員でない
従業員数
収入
(カナダドル)
農業 35 3,215 1,946 502,074,480
工芸品 10 154 34 915,747
水産加工 13 607 166 46,214,033
林産加工 8 882 54 4,493,447
住宅 71 1,939 15 16,395,248
投資 21 2,051 8 1,542,139
小売業 36 28,325 334 131,778,195
各種サービス 55 4,003 257 6,118,169
労務提供 40 2,635 298 23,625,169
信用組合 31 159,347 735 118,174,615
その他 2 23 0 14,633

出典:George Karaphillis and Alicia Lake. Economic Impact of the Nova Scotia Co-operatives. Journal of Co-operative Accounting and Reporting. 2(2), 2015. p.11から一部抜粋。

5.賀川豊彦、レイドロー、アンティゴニッシュ運動の関係

 管見では、日本の協同組合運動の父とされる賀川豊彦(1888-1960)とアンティゴニッシュ運動との直接的な交流を裏付ける資料はないものと思われますが、以下のような話があります。

 1937年に、米国のカガワ委員会(National Kagawa Co-ordinating Committee, 後のKagawa Committee)が主催したノバスコシア州への研修旅行が実施されました。全米各州から約100名の米国人が参加し、20台の自動車に分乗して聖ザビエル大学での研修や州内各地の協同組合を視察しました。当時の記録映像にはコーディ神父の姿も確認できます※11 が、賀川本人はこの研修旅行に参加していませんでした。この訪問は、アンティゴニッシュ運動が始まって数年後の、最も勢いのあった時期にあたります。

 同委員会は当時、ガンジー、シュヴァイツァーと並ぶ世界3大聖人ともいわれていた賀川を支援し、講演活動や出版、社会運動を後押しするための民間委員会で、米国のプロテスタント教会・大学・社会運動家の間で組織されました。

※11 賀川豊彦記念松沢資料館副館長・学芸員からの杉浦秀典の提供資料による。

 ノバスコシア州の協同組合運動の系譜を語るうえで、アレクサンダー・レイドロー(1907-1980)の存在は欠かせません。国際協同組合同盟(ICA)が1980年に発表した世界的指針「レイドロー報告」の作成者である彼はノバスコシア州の出身であり、聖ザビエル大学で学びました。

 在学中にはアンティゴニッシュ運動の中心人物コーディ神父の薫陶を受け、その思想的影響を強く受けています。聖ザビエル大学からトロント大学へ移り、卒業後、再びノバスコシアに戻ると、アンティゴニッシュ町に近いケープブレトン島で教職に就きました。

 その後、かつてのコーディ神父と同じく聖ザビエル大学の普及部門の責任者を務め、さらにカナダ協同組合中央会、ICAへと活動の場を広げていきました。こうした経歴からも明らかなように、「レイドロー報告」にはアンティゴニッシュ運動のDNAが確実に受け継がれているといえます。

6.むすび

 以上、ジャストアス!珈琲焙煎組合を語るうえで欠かせない前史としてのアンティゴニッシュ運動と、ノバスコシア州の概要を確認しました。

 次回は、労働者協同組合としてのジャストアス!の歩みと、その経営戦略について紹介します。

(7月号に続く)

■執筆者プロフィール

北野 収(きたの しゅう)

獨協大学外国語学部教授、大地の大学日本校副代表、専門は、国際開発論、連帯経済論、食料農業問 題。コーネル大学Ph.D.、元農林水産官僚。

主な著書に『私の中の少年を探しに―ーある「農学者」が回想する昭和平成』(デザイン・エッグ、2024 年)、 『南部メキシコの内発的発展とNGO』(勁草書房、補訂版2019年)、『人新世の開発原論・農学原論』(創成社、新装版2024年)など、 訳書にフランツ・ヴァンデルホフ『貧しい人々のマニフェスト』(創成社、2016年)、アルトゥーロ・エスコバル 『開発との遭遇』(新評論、2022年)などがある。

カナダの協同組合運動とフェアトレード(第1回)―アンティゴニッシュ運動とその遺産―獨協大学外国語学部教授北野収きたのしゅう