協同組合と共済事業の発展をめざし、調査・研究、教育・研修、広報・出版活動のほか、共済相談所として苦情・紛争解決支援業務を行っています。
文字サイズ

Web 共済と保険2025年8月号

日本生命における生成AIの活用術とその取り組み(上)

 ここ数年で、世の中に広まった生成AIは、日常業務を効率化し、企業の生産性を飛躍的に向上させる技術として、注目を集めています。
 共済・保険といった保障事業においても、幅広い業務での活用が期待されていますが、一方で、生成AIをどのように取り入れていくべきか、思案されている共済団体も多いのではないでしょうか。
 そこで、生成AIを先進的に導入し、日常業務で活用されている日本生命保険相互会社の取り組みについて、同社 デジタル推進室 専門課長の佐藤 慶氏にお話をお聞きしました。
 本記事は、今号と次号(9月号)においてお届けします。

1.導入の背景と目的

(1) AIを導入するに至った背景は?

 2022年12月に「ChatGPT」が注目されるようになり、当社でも「N-Chat」と呼ばれる生成AI(以下、「AI」)を活用したチャットシステムを社内向けに開発し、2024年から全内務職員2万人がさまざまな用途に使えるよう、オープンしています。
 「N-Chat」には業務に応じたさまざまなテンプレートがあり、現在約20種類のラインナップを揃えています。汎用的な業務に役立つものから、固有業務に役立つもの、さらに「しごできメンター」(仕事ができるメンター)のように相談ができるツール(チャットボット)もあります。

図

 導入の背景としては、2019年より開始した「日本生命デジタル5カ年計画」というプロジェクトがあり、2023年1月頃より、AIによってかなりのスピードで業務改善が進んでいる世の中をみて、プロジェクト内で実証実験を開始しました。これは、定量的にみた効率化や能率の向上、人員削減というような目標を掲げて始めたものではなく、AI自体がものすごいスピードで進化を遂げつつあるなかで、実証実験については、はじめに希望者を募り、約1,000名の職員が参加し、その後も拡大しながら試行的に実施してきました。その結果、あらゆる層において「仕事が効率化できる」との回答が得られ、AIの活用が支持されました。このようにして、2024年から全内務職員が使えるAIとして「N-Chat」をオープンしました。

2.具体的な活用事例

(1)具体的にどのような業務やプロセスにAIを活用されていますか?

 「N-Chat」には、汎用的な業務に役立つチャットボットと、社内事項に関する照会機能をもつチャットボットがあります。
 汎用的な業務については、メール作成サポートや文章の校閲・要約、Excelの関数に関するサポートチャットなどが多く活用されています。最近では、海外企業との業務が増えてきたため、翻訳サポートも頻繁に使用されています。一般的なAIの翻訳と異なる点は、AIに翻訳の前提条件として、自分の立場・役割(例えば、保険に関するシステム開発担当者)やビジネス背景等の情報などを予め登録することで、より精度の高い翻訳が可能になっています。こうした汎用的な業務に役立つ機能は、職員が使いやすい仕様を考え、社内全体への浸透を図っています。
 社内の照会機能については、規程類のほか、内線電話、プリンタ等の周辺機器に関すること、RPA(「Robotic Process Automation」の略で、ソフトウェアロボットを使って、人間がパソコンを使って行う定型業務を自動化する技術)に関する照会も多く使用されています。
 また、外部委託に関する照会に対応するチャットボットがあります。外部委託を行う際は、社内のさまざまな規程を確認し、委託先企業が記載するチェックシート、委託元としての委託する具体的な業務内容を記載する書類など多くの帳票を作成する必要があります。しかし、担当部門ではどのチェックシートが必要なのか等の確認が煩雑であり、また、チェックシートを所管する部署では他部署からの照会対応に苦慮しています。そこで、照会に対応する業務の初期段階をAIで対応可能とすることで、お互いの業務量も減ってくると考え、「社内マニュアル」やよくある質問(FAQ)等を参照し、照会に対応するチャットボットを開発しています。
 チャットボットの開発にあたっては、デジタル推進室だけで統制チェックするのではなく、担当所管を巻き込んで、一緒に開発しています。
 また、頻度の高い質問に加え、これまでに所管部署が回答してきた個別事案の内容も情報として取り込み、同様の質問があればその照会に回答するという仕組みを構築することで、照会を受ける部署の対応業務が削減され、照会する側にとってもいまさら人には聞けないことも調べられるなどの利点があります。

(2)AIに間違いなく回答させるため、どのように対応していますか?

 当社では、AIのモデルは、アメリカのOpenAI社のGPTモデルを使っています。AIは育てて賢くなるとよく言われますが、「育てる」のはOpenAI社で行い、それによって回答がより自然になるなど、日々アップデートされています。当社で行っている開発作業はAIそのものを「育てる」のではなく、AIが参照するQ&Aやマニュアルの整備を行い、ユーザに回答するにあたって、多くの情報の中から誤ったデータを拾わないよう正確かつ明確なデータに補正するメンテナンスをしています。またユーザへ用途や操作方法をガイダンスすることも重要です。
 「N-Chat」は一つのチャットボットがあらゆる質問に答えられる全知全能なものではなく、業務に応じてさまざまなチャットボットが設けられています。全知全能のほうが使いやすそうに見えますが、多くのマニュアルを1つのチャットボットで取り扱うと間違った回答をしてしまう傾向があるからです。
 AIに対して「あなた(AI)はどういう人(存在)なのか」「どういう役割を担っているのか」を事前に役割を設定することで、回答内容の正確性がより高まります。

 「N-Chat」は、正確な回答を企図して規程やマニュアル、Q&Aをあらかじめ取り込み、キーワードなどをとらえて参照していきます。
 職員から、「この部分はこのように答えてほしかった・・・」という意見を受けることがあります。その内容についてAIが適切な回答を導くことができなかった原因を調べてみると、職員が質問で使った言葉とマニュアルの中にある言葉が異なっているということがよくあります。例えば、入院時の医療保険の支払いについて、「給付金」のことを、ある人は「保険金」と言います。一方でマニュアル上では「保険金」といえば「死亡保険金」のことを指し、入院や生前給付は「給付金」という使い分けをしています。このため、仮に「入院」に関して「保険金」という言葉を用いてAIに質問したら、「死亡保険金」の話をされ、期待した回答が出てこない、という状況に陥ってしまいます。そこで、AIが読み替えをできるように1つの言葉に限定せず、複数の言葉を設定することで、きちんと答えられるようになります。
 このように、実際に使ってみないとわからないことが多くあるため、使用する職員からフィードバックを適宜受けながら開発を進めています。事務や営業の担当者と意見交換をし、「こういうのがあるとうれしい」という声を集めて反映させるなど、地道な作業が開発業務の3割くらいを占めています。

(3)AIの活用における長所・短所および成果は何ですか。

 AIは人が思いついたときに照会でき、回答してくれます。例えば、「N-Chat」の活用により、英語ができない職員でも海外の人たちとメールでやりとりができるようになりました。このように職員の業務を高度化するとともに、職員が挑戦できる業務の幅を広げられたことは、AIの大きな長所だと思います。
 RPAほどの自動化までには至っていませんが、職員向けアンケートでは、「自分自身の仕事の質が上がった」、「業務が高度化した」、「仕事の効率化につながった」、「これまで対応していなかった業務にも対応できるようになった」という感想が多く得られ、AIの導入によって業務の効率化・高度化に繋がるとともに業務の幅が広がったことが長所として挙げられます。また、新人職員等からは「AIの活用により自分をレベルアップさせていきたい」という声もあり、人を成長させるツールとしても期待できます。
 一方で、AIは参照したデータの範囲でしか、答えることができません。また、回答が100%正しいとは限らないので、人が確認したうえで業務をすすめていく「ヒューマンインザループ」(AIのシステムに人の判断を介在させ、システムの性能や正確性を高める手法)といった取り組みが必要となります。このため、AIが回答できない部分は、「XX部の共有メールアドレスにこの先のわからないことは聞いてください」という表示がでるようにして、最後は人に聞くように誘導する工夫もしています。重要な部分は人を介在させるプロセスを経ることで、AI活用によるリスクを低減させています。このように、照会対応のすべてをAIに任せられないことが現時点における短所といえます。

 一昔前までAIは計算が苦手でした。というのもAIの基本的な機能とは、文章、単語の羅列のパターン、画像といった要素から、「日本の首都は東京です」という回答を導き出すことだからです。これに対し、計算はパターン認識とは異なり、前提となる知識があり、パターンが無限にある中で、確定した数字を回答として求められるため、基本的な機能とは異なったタスクとなります。
 最近では、計算ツールを別に用意して、AIがそれを呼び出すことで、答えるという方法も取り入れるなど、他のテクノロジーと組み合わせることで、AIの能力が向上してきました。
 以前は、AIに「来週の天気はどうなるか」と聞くと、「わからない」と答える、もしくはでたらめな回答をすることも多かったのですが、最近は天気予報のサイトから情報を収集し、「天気予報サイトでは、こう言っています」と答えるようになり、検索して回答することが上手くなってきました。

 AIによる分析は、Excelを駆使する分析とは異なります。「N‐Chat」の分析用のチャットボットの一例ですが、アンケート結果のグラフ等のデータを添付すると、「今回のお客様へのご契約内容確認活動のアンケートの結果は、回答者は男性が6割で、女性が4割でした。男性の回答は満足度が90%で、女性は80%であり、女性の満足度が少し低かった」というような回答をします。これは「計算」ではなく、グラフなど目の前にある情報を文章にして、多くの情報をコンパクトに整理してくれる機能です。つまり、グラフ等の分析資料を上司に提出した場合、「結局、何が言いたいのか」といった質問への回答を、自分に代わって対応してくれるというものです。

図

(4)現在進行中のプロジェクトや実証実験の内容を教えてください。

 前述のとおり、社内の汎用業務や個別業務を支援するためのチャットボットの開発にあたっては、社内の意見を聞きながら進めるというボトムアップのアプローチをとってきました。
 昨年(2024年)12月に、当社が完全子会社化を発表した「レゾリューションライフ (Resolution Life)」 という海外の保険会社があります。この会社はAIを先進的に取り入れており、保険事務の領域でもすでに活用しています。保険事務というのは、保険会社の職員であっても専門的に携わっている人でないと、正確に回答することが難しい分野です。AIにドキュメントを正しく読んでもらうための工夫や、回答を間違えないようにプログラムすることは、かなりハードルが高い作業だと思っています。
 現在、当社では、海外の先進企業の取り組みを参考に実証実験をしながら、保険事務に対応するAIの開発にも少しずつチャレンジしています。

(5)保険業務に対応するAIを開発するうえでのポイントとは?

 一般的に保険商品などの説明は、言い方やニュアンスにより誤解を招いてしまうことがあり、高度な正確性が求められるという点で、AIは保険業務には向かない、という考えもあります。こうした課題については発想を転換し、AIの特性を理解したうえで、「AIは多少間違えるもの」という前提で業務に取り入れる工夫が必要です。
 現時点では、最後は人が確認するというステップが必要ですが、将来的には人に代わるシステムソリューションができたらよいと思います。しかし、そこに到達するにはまだまだ長い道のりがあると思います。

(つづく)

~本記事の続きは、9月号に掲載します。~

日本生命保険相互会社 デジタル推進室 
専門課長 佐藤 慶(さとう けい)氏 図

図
日本生命保険相互会社 デジタル推進室
専門課長 佐藤 慶(さとう けい)氏

日本生命における生成AIの活用術とその取り組み(上)日本生命保険相互会社デジタル推進室専門課長佐藤慶