Web 共済と保険2025年5月号
高齢ドライバーは危険? ~気を付けたい認知バイアスとその解消~
1.はじめに
近年、高齢ドライバーによる交通事故が社会的関心を集めています。しかし、高齢ドライバーに対するイメージは必ずしも統計データと一致しているわけではありません。実際の事故発生数や原因を正しく理解することが、高齢ドライバーの自動車運転の継続および「卒業」の在り方を考える上で重要です。
MS&ADインターリスク総研は2024年11月に全国で日常的に自動車を運転している1,000人を対象に「自動車運転に関するアンケート調査」を実施しました。本稿では、その調査結果の中から高齢ドライバーに関するデータを紹介するとともに、関連する統計データや認知バイアスの影響を考察し、高齢ドライバーに関する社会の認識と実態との乖離を明らかにします。そのうえで、より適切な課題解決策について提案を行います。
2.高齢ドライバーに対する否定的なイメージ
本調査では、高齢(75歳以上)ドライバーに対する印象を尋ねたところ、「安全だと思う」と回答した人はわずか8%でした(図表1)。一方で、「高齢者の危険な運転は直接見ていないが、ニュースなどを見て危ないと思う」と「高齢者の危険な運転を見たことがあり、危ないと思う」の合計は8割を超えました。この結果は、2019年に警察庁の「高齢運転者交通事故防止対策に関する調査研究」分科会が行った調査でも同様であり、高齢ドライバーに対する否定的なイメージが定着していることが伺えます。
(図表1)あなたは、高齢者(75歳以上)の自動車運転についてどうお考えですか
単位 %
(出所)MS&ADインターリスク総研
『高齢者の自動車運転に関する実態と意識について~アンケート調査結果より(2024年版)』
3.回答者のイメージと実際のズレ
ただし、この調査結果の解釈には注意が必要です。実際は75歳以上のドライバーが他の年齢層より突出して交通事故を起こしているわけではありません。2024年の警察庁の交通事故統計の「原付以上運転者(第1当事者)」のデータ(事故総数268,704件)によれば、以下のことが明らかになっています。
- 「年齢層別10万人あたりの交通事故件数」は、16~19歳(976.3件)、20~24歳(551.0件)と若年層が最も多い。
- 「年齢層別交通事故件数」は、50~54歳(26,156件)が最も多い。
- 「運転操作不適による事故件数」は、20~24歳(1,921件)が最も多く、85歳以上(432件)は最も少ない。
特に、高齢ドライバーはアクセルとブレーキの踏み間違いなどの「運転操作不適」による事故が多いとされていますが、実際には他の年齢層と比べてそれが突出しているわけではありません。このように、アンケート結果から見える高齢運転者のイメージと実際の統計データには大きな乖離が存在します。
4.アンケートから窺える認知バイアスの影響
この大きな乖離はなぜ発生したのでしょうか。本稿では、「ニュースなどを見て高齢ドライバーは危ない」と回答した人が47%に上ったことに注目します。これには、先入観や偏見、経験則によって非合理的な判断を下す「認知バイアス」の影響が見られます。
例えば、「利用可能性ヒューリスティック」という認知バイアスは、人が論理的思考を省き、思い浮かびやすい情報に基づいて判断を下す傾向を示します。この影響により、回答者は過去に報道された高齢ドライバーの重大事故の記憶だけで回答した可能性があります。
さらに、回答者には「確証バイアス」が影響している可能性もあります。このバイアスでは、「レッテル貼り」や「ステレオタイピング」がよく見られます。「高齢ドライバー=危ない」というレッテルが貼られると、それを支持する情報のみを集め、反証する情報は無視されがちです。例えば、前述の若年層、中年層の運転による交通事故に関する情報は認知されにくくなります。
5.先入観 vs 自信過剰
とはいえ、高齢ドライバーは運転からの「卒業」を間近に控えており、認知能力や反射神経、身体能力の衰えが懸念されるため、周囲の特別な注意が必要です。しかし、高齢ドライバー自身の強い運転継続の意向から、スムーズに卒業に導くことは簡単ではない場合があります。
その理由の一つは、ドライバーが年を重ねるほど運転に対する自信を持つ傾向があることです。MS&ADインターリスク総研が実施したアンケート調査の結果では、75歳以上のドライバーは、他の年齢層よりも運転に自信を持つ傾向が明らかです(図表2)。この自信によって、高齢ドライバーが他者のアドバイスを受け入れにくくなるという懸念があります。
特に、自分の経験や能力を過大評価する「自信過剰バイアス」に陥っている場合は注意が必要です。このバイアスは他人の意見を軽視し、反発を招くため、家族が頭ごなしに「年寄りは運転をするな」と言ったら逆効果になることがあります。
前述の「高齢ドライバー=危ない」という先入観に基づく家族の意見と、「自分の運転は安全だ」という自信過剰に基づく高齢ドライバーの意見が、噛み合う可能性は薄く、不毛な対立につながることは容易に想像できるでしょう。
(図表2)自動車の運転に対する自信(年代別)
単位 %
(出所)MS&ADインターリスク総研
『高齢者の自動車運転に関する実態と意識について~アンケート調査結果より(2024年版)』
6.高齢ドライバーと周囲の対立の解消へ向けて
そのような対立を解消するにはどうすればよいでしょうか。筆者は、高齢ドライバー自身およびその周囲にある認知バイアスを取り除くことが重要だと考えます。認知バイアスを取り除く方法はいくつかありますが、ここでは以下の2点を挙げます。
① フィードバックを求める:
第三者からのフィードバックを受け入れることで、思考の偏りに気付くことができます。
② データに基づく判断を行う:
感情や直感に頼るのではなく、データや証拠に基づいて判断することで、主観的な偏りを減らすことができます。
フィードバックについては、自動車教習所内のコースを運転して課題をこなす実車講習が最も有効でしょう。同乗した教官からのフィードバックは、高齢ドライバーの自信過剰を取り除く効果が期待できます。しかし、最近は実車講習の予約が困難であるとの話もあり、費用の面からも運転免許更新に必要な時以外に気軽に何度も受講できるものではなさそうです。
データに基づく判断については、本来、交通事故統計に基づく偏りのない広報が、高齢ドライバーの周囲の先入観を取り除くと考えます。しかし、最近の交通安全の広報では、特定のテーマ(高齢運転者、飲酒運転、夕暮れ時の運転、交差点での減速など)に沿った統計値だけが示されることが多く、交通事故統計の全体像が伝わらないため、情報の受け手に偏った認識を植え付ける可能性があります。
7.テレマティクスの活用
そこで、本稿では前述の①と②を実現するソリューションとして、テレマティクスの活用をお勧めします。テレマティクスとは「テレコミュニケーション(通信)」と「インフォマティクス(情報工学)」を組み合わせた造語で、移動体に通信システムを利用してサービスを提供することを指します。
自動車におけるテレマティクスは、通信機能を自動車に取り付け、カーナビやドラレコ、各種デバイスから得られるリアルタイムのデータを活用してサービスを提供する仕組みです。この技術は自動車保険にも応用されています。
例えば、テレマティクス自動車保険を提供するあいおいニッセイ同和損保は、契約者の走行データをもとに、安全運転スコアに応じた保険料割引、安全運転アドバイスなど、事故の未然防止につながるサービスを提供しています。
同社のテレマティクスサービスでは、契約者の運転の総合評価を100点満点で算出した「安全運転スコア」をアプリ上で表示し、運転ごとや1カ月ごとに契約者の運転特性を分析したレポートを提供します。これは、まさに前述の①と②(フィードバックとデータ)を実現しています。このスコアを高齢ドライバーとその家族で共有することで、双方の認知バイアスを取り除くことができると考えます(図表3)。
(図表3)月間運転レポートのイメージ
8.高齢ドライバーの安全運転スコア向上への取り組み
さらに、あいおいニッセイ同和損保は、テレマティクス自動車保険に加入している契約者向けに、「運転技能向上・トレーニングアプリ」を提供しています。このアプリでは、運転の場面に即したトレーニングを提供しており、短時間・短期間での利用でも自動車運転技能と認知力・活力が向上することが2019年5月に東北大学が発表した研究結果より実証されています。
実際に、同アプリを利用することで安全運転スコアが向上していることが確認されており、特に70代以上において顕著な効果が表れています(図表4)。
(図表4)アプリ利用の有無による安全運転スコア比較差
また、同社は2025年1月からアプリの利用のみでドライバーの運転傾向を診断し、安全運転につながるアドバイスを行う「運転タイプ診断」サービスの提供を開始しています(図表5)。
(図表5)運転タイプ診断のイメージ
9.おわりに
高齢ドライバーにとって、自動車運転の卒業は生活に大きな影響を及ぼします。移動手段を失うことで、日常の買い物や社会参加が制限され、QOL(生活の質)が低下する可能性があります。そのため、安全運転をできるだけ長く継続できる環境を整え、適切なタイミングで卒業できる仕組みを構築することが求められます。
高齢ドライバーに関する議論は、年齢に基づく一律の判断ではなく、個々の能力や環境に応じた柔軟な視点が必要です。認知バイアスを排除し、データに基づいた冷静な議論を進めることが、交通安全の実現につながるでしょう。本稿がその一助となれば幸いです。
(参照文献)
- 警察庁(2019)『高齢運転者交通事故防止対策に関する調査研究』
警察庁交通局運転免許課(2024)『運転免許統計令和5年版』
警察庁ホームページ「統計表」
https://www.npa.go.jp/publications/statistics/koutsuu/toukeihyo.html - MS&ADインターリスク総研『高齢者の自動車運転に関する実態と意識について~アンケート調査結果より(2024年版)』
https://mscompass.ms-ins.com/business-news/elderly-driving/ - あいおいニッセイ同和損保ホームページ「Telematics Town」
https://telematics-town.aioinissaydowa.co.jp/