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Web 共済と保険2026年8月号

カナダの協同組合運動とフェアトレード(第3回)
―UCIRI組合とフェアトレード運動―

獨協大学 外国語学部 教授
北野 収(きたの しゅう)

(第1回から読む)

1.はじめに

 筆者が翻訳し、2016年に刊行したフランツ・ヴァンデルホフ著『貧しい人々のマニフェスト―フェアトレードの思想』(創成社)は、国際フェアトレード運動の歴史を語るうえで欠かすことのできない人物による手記です。

 「UCIRI(ウシリ)組合(以下「UCIRI」)」は、「ジャストアス!」にとって「南(グローバル・サウス)」の重要なパートナーであり、両組合はまるで兄弟姉妹のような関係を築いてきました。

 ジャストアス!が発展していく過程では、ジェフ・ムーア氏とヴァンデルホフ神父との間に深い交流がありました。

 オランダ人のヴァンデルホフ神父は、メキシコ・オアハカ州で「UCIRI」を立ち上げ、フェアトレードの制度化や小規模生産者の地位向上に人生を捧げた「フェアトレードの父」と呼ばれる存在です。

 今回は、一般的なフェアトレード解説とは少し異なる角度から、フェアトレード運動の舞台裏とジャストアス!との関わりを紹介します※1

※1 本稿の情報は、特記あるもの以外は原則として拙訳著、ステイシー・バーンほか著『労働者協同組合とフェアトレード』(彩流社、2026年1月)と訳者解説を参照している。

2.国際フェアトレード運動

 フェアトレード商品を実際に購入した経験のある人はそれほど多くないかもしれませんが、その言葉を聞いたことがあるという人は確実に増えています。

 しかし、多くの人が「一般の商品より高い代金を支払い、その差額が貧困者への支援になる」「お買い物による国際貢献」と理解している点は、大きな誤解です。

 フェアトレードには複数の形態があり、仕組みは多岐にわたりますが、「途上国の零細生産者の自立を支える」という基本的な理念は共通しています。

 フェアトレード商品は、国際フェアトレード機構が定める経済・環境・社会の基準に適合することが求められており、商品にはプレミアム(割増金)が含まれています。このプレミアムは生産者個人への所得補償ではなく、生産者組合や地域コミュニティの経済・社会・環境の発展に使われています。

 つまりフェアトレードとは、途上国の生産者に正当な対価を支払い、生活改善と自立を支える公正な貿易の仕組みであり、援助や慈善とは異なります。

 割高に見える価格は、生産者が本来受け取るべき最低限の報酬であり、通常の取引では私たちが負担していないコストを正当に支払う行為なのです。また、消費者が「より安く」を追求する利己的姿勢は、生産者の生活を犠牲にする構造を生み出しています。

 そこで重要となるのが、「慈善」ではなく「連帯」という考え方です。フェアトレードは単なるビジネスモデルではなく、資本主義社会に生きる私たちのあり方を問い直し、消費者であり労働者でもある「人間」としての立場を再定義する社会運動なのです。

 フェアトレードの源流は、一般には1940年代に始まった「チャリティトレード※2 」とされますが、その思想は19世紀の英国の貿易政策にまでさかのぼることができます。

 現在のように、フェアトレード商品がスーパーや大手チェーンストアの棚に並ぶようになったのは、1990年代に国際的な認証制度が確立されたことが大きな要因です。

 世界初のフェアトレード認証制度はコーヒーを対象としたもので、1988年にオランダで導入されました。この制度の登場により、公正な取引を通じて生産者の自立を支える仕組みとして、フェアトレードが国際的に認知されるようになりました。

※2 宗教団体やNGOなどが、途上国の生産者を支援・救済することを目的とした慈善的な貿易。

フェアトレード認証ラベルの例
図

国際フェアトレード認証ラベル

3.解放の神学とヴァンデルホフ神父

 フェアトレード認証制度が生まれる前史として、「ラテンアメリカの解放の神学(1960~80年代)」について触れておきたいと思います。

 ラテンアメリカの解放の神学は、1968年に開催されたメデジン会議で初めて名付けられました。

 当時のラテンアメリカでは、輸入代替工業化政策の利益が都市中産階級に偏り、貧富の格差が放置されていました。さらに多くの国で右派軍事政権が成立し、市民や農民への弾圧が常態化していました。

 こうした状況の中で、カトリック司祭や修道女がスラムや農村に入り、住民と生活を共にしながら聖書を学ぶ「学習サークル」を組織し、コミュニティ・オーガナイザーとして社会変革に取り組みました。

 解放の神学は古典的解釈よりも実践を重視し、マルクス主義や従属理論と親和性を持ちながら、人間をより人間的な状況へ導くことを発展と捉えました。アンティゴニッシュ運動(第1回参照)とは時代も地域も異なりますが、方法論と思想には共通点が多く、実際にカナダでアンティゴニッシュ運動に携わったカトリック司祭たちが戦後のラテンアメリカで解放の神学の活動に参加していたことも、その連続性を示しています。

 アンティゴニッシュ運動と解放の神学の間には、多くの聖職者や運動家が往来する南北交流が存在し、その影響は「下からの民間レベル」と「上からの公的開発政策」という二面性をもって広がりました。

 1930〜50年代には、ジャマイカ、プエルトリコ、ドミニカ共和国、メキシコなどから多くの司祭や活動家がノバスコシア州を訪れ、協同組合や成人教育について学びました。特にプエルトリコ大学とコーディ神父一門の交流は長期にわたって続き、各国にアンティゴニッシュ型の協同組合思想を浸透させました。

 1960年代に入ると、ケネディ政権の「進歩のための同盟」〔米国で研修を受けたカトリック聖職者を中南米に派遣〕や平和部隊〔日本の青年海外協力隊のモデル〕、カナダのCIDA〔カナダのODA機関〕設立により、北米の聖職者が大量にラテンアメリカへ派遣され、協同組合運動が公的開発政策の一部として展開されました。

 その一方で、ケープブレトン出身のスティール神父が、パナマに協同組合研究所を設立し、草の根レベルの普及活動にも貢献しました。1968年のメデジン会議以降、解放の神学が隆盛する中で、これら先行的交流が蒔いた協同組合思想と実践は、ラテンアメリカ各地の草の根での協同組合運動や社会運動の重要な基盤となりました。この移転は宣教ではなく、南北双方の自発性に基づくものだと結論づけられました※3

※3 Catherine C. LeGrand (2016) "The Antigonish Movement of Canada and Latin America: Catholic Cooperatives, Christian Communities, and Transnational Development in the Great Depression and the Cold War." Stephen J. C. Andes and Julia G. Young, eds. Local Church, Global Church. Catholic University of America Press. pp. 207-244.

 オランダ人のカトリック司祭フランツ・ヴァンデルホフ神父(1939-2024)は、この解放の神学の流れに位置する人物です。彼は、後に「UCIRI(Unión de Comunidades Indígenas de la Región del Istmo)組合」を創設した人物です。

 小作農の家庭に生まれ、フリジア語話者として育った経験から、言語的マイノリティとしての誇りや階級格差への感受性を幼少期に培いました。また、戦争の記憶も深く刻まれ、社会的不正義への問題意識が形成されました。

 学業に優れ、神学校と兵役を経て経済学を学び、ヤン・ティンバーゲン〔オランダの経済学者、第1回ノーベル経済学賞〕の影響を受けつつ学生運動でマルクス主義にも触れました。

 カナダ滞在後は、1970年にアジェンデ政権下のチリへ渡り、解放の神学と出会い労働神父として活動、パウロ・フレイレ〔『被抑圧者の教育学』で知られるブラジルの教育者〕の薫陶を受けました。その後、1973年のクーデターを機にメキシコに亡命しました。

 メキシコシティでの労働司祭活動を経て、1980年頃にオアハカ州の山村へ移り住み、農民の生活に溶け込みながら言語と農業を学び、信頼を築きました。悪質な仲買人(コヨーテ)による買い叩きに苦しむ農民とともに生産費調査を行い、1981年に組合を設立し、1983年にUCIRIとなりました。

 この活動は脅迫や32人の殺害を伴うという困難の中で進みましたが、1988年に世界初のフェアトレード認証ラベルである「マックス・ハベラー」が誕生する契機となりました。

 マックス・ハベラーはその後、国際フェアトレード・ラベル機構(FLO)へと発展し、現在ではフェアトレード・インターナショナル(FI)と呼ばれています。

4.UCIRIとフェアトレード認証制度

 オアハカ州イスモ地域で展開するUCIRIは、先住民族の伝統的価値観に基づき、人々を共通目的の下に束ねてきました。元来、土地を私有するという概念をもたない先住民の文化において、「共に働く」ということは特別な意味をもちます。UCIRIはこの精神を基盤に、資本主義的な利己主義や競争主義に抗がってきました。

 UCIRIの設立により、各村からのコーヒー集荷や輸送が可能となり、中間業者を介さずにフェアトレード市場で販売することで、生産者はより有利な価格を得られるようになりました。さらに、国際的な支援を得て、欧州での販売契約を実現し、後に北米へも販路を広げました。

 フェアトレードによる収入の増加は、交通網の整備、果実加工品の製造、教育・医療施設の設置など、地域のコミュニティ開発を大きく前進させました。

UCIRIの世界観
図

撮影:筆者

 UCIRIは参加型民主主義を基礎に運営されており、規則には、誠実さ、相互扶助、有機農業の推進、コヨーテ的行為の禁止などが掲げられています。表面的には男性中心の組織に見えますが、実際には母系的文化が根強く、意思決定においては女性が大きな影響力を持っています。

 UCIRIの闘いは、単なる経済改善ではなく、「山々の叡智」と呼ばれる先住民族の共同体主義的世界観を守り、再生する試みでもあります。そこでは土地は共有資源であり、個人の価値は競争ではなく、共同体への貢献によって測られます。

 こうした文化は、「利潤よりも人間と地球を優先する」という理念を掲げる協同組合運動にも深い示唆を与えています。

 UCIRIとオランダのNGOであるソリダリダードは、1988年に世界初のフェアトレード認証制度を生み出しました。しかし現在、UCIRIはこの制度から距離を置くようになりました。その背景には、大企業による「グリーンウオッシュ」や「フェアウオッシュ(表面的な善行)」が広がり、制度本来の目的である小規模生産者の生活向上が十分に守られなくなってきたと考えているためです(この評価には賛否がありますが、少なくともUCIRIはそう判断しています)。

 こうした状況に対し、UCIRIは2つの方向で対応しています。

 第1に、従来の国際フェアトレード認証から、より小規模生産者の立場に立った「SPP(小規模生産者認証制度)」へ軸足を移したことです。これについては、ジャストアス!も同様の姿勢をとっています。

 第2に、フェアトレードを先進国に向けた輸出から、自国の都市部消費者を対象とした国内フェアトレードへと重点を移しつつあります。こうした方針転換により、ジャストアス!におけるUCIRIのコーヒー豆の取り扱いも次第に減少しています。

小規模生産者認証ラベル(SPP)が表示されたジャストアス!商品パッケージ
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撮影:筆者

 地球の裏側から運ばれてきたコーヒーを口にしながら、その生産者に思いを馳せる人はほとんどいません。ですが、UCIRIを何度か訪れた筆者にとっては、コーヒーの香りを感じるたびに、いまもなお特別な感慨が胸に去来するのです。 

 今から思えば、「遠い」と感じたのは、物理的な距離や道路事情や言葉の不便さだけではなかったような気がする。[...]テワンテペックの村々から戻り、再びバスに乗って、イステペック[...]経由で帰路につき、夕暮れ〜夜に、オアハカ市街地のビルや住宅の灯りがバスの窓から見え始めた時、「ああ、地上に降りてきた」といつも感じたことを思いだす。[...]ここでいう「地上」とは、物理的な標高のことだけではない。物質文明とあらゆる情報にあふれている場所という感覚である。[...]テワンテペックの村々で感じた感覚〔に〕[...]アジアやアメリカの田舎よりもずっと汚れない崇高な聖性を感じてしまうのは、一介の無責任な訪問者に過ぎない私のバイアスによるものか、それとも、思い出の美化という記憶の仕業なのかは分からない※4

※4 北野収「解説 認証ラベルの向こうに思いをはせる」フランツ・ヴァンデルホフ/北野収訳『貧しい人々のマニフェスト』創成社、2016年、171~172頁。

オアハカ州の山中にあるUCIRIの施設
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撮影:筆者

5.ジャストアス!との関係

 ジャストアス!のジェフ・ムーア氏は、長年にわたりヴァンデルホフ神父と対話を重ねてきました。ジャストアス!はUCIRIの参加型民主主義を手本にしようとしましたが、私有概念をもたない先住民文化と、資本主義文化が深く浸透した先進国社会とでは、労働者の位置づけも組織の成り立ちも大きく異なります(前回参照)。

 それでも、試行錯誤の末に形成されたジャストアス!独自の参加型民主主義は、UCIRIという先例がなければ生まれ得なかったものです。

 両組合はパートナーとして、生産者と消費者をつなぐエコツアーを通じた交流を現在も続けています。また、ジャストアス!本部に併設されたフェアトレード・コーヒー博物館では、UCIRIの協力のもと、生産者の家のレプリカや暮らし・文化・世界観に関する展示が行われています。

 本部が位置するグランプレには世界遺産「グランプレの景観」があり、ジャストアス!グランプレ店はその付近にあるほぼ唯一の飲食施設です。フェアトレードに特別な関心がない観光客でも気軽に立ち寄れる無料の博物館として、フェアトレードの思想や先住民文化に触れる機会を提供している点は、大きな意義を持っています。

6.むすび

 協同組合の歴史を知る人であれば、19世紀に英国のロッチデールで正義を掲げて立ち上がった人々、1920〜30年代にカナダのノバスコシア州で協同組合を創設した人々、1980年代にメキシコのオアハカ州で協同組合を組織したコーヒー農民たちの姿に、共通する精神を見いだせるはずです。

 それは、弱い立場に置かれた人々が自らの尊厳を守り、公正な社会を築くために連帯し、行動するという姿勢です。

 この観点からすれば、フェアトレードもまた援助ではなく、協同組合と同じく自立と公正を実現するための社会運動として捉えるべきものです。

 フェアトレードとは、単に商品を買う行為ではなく、生産者と消費者が対等な関係を築き、より公正な経済のあり方をともに作り出す取り組みとして理解することが重要なのです。

(9月号に続く)

■執筆者プロフィール

北野 収(きたの しゅう)

獨協大学外国語学部教授、大地の大学日本校副代表、専門は、国際開発論、連帯経済論、食料農業問題。コーネル大学Ph.D.、元農林水産官僚。

主な著書に『私の中の少年を探しに―ーある「農学者」が回想する昭和平成』(デザイン・エッグ、2024 年)、 『南部メキシコの内発的発展とNGO』(勁草書房、補訂版2019年)、『人新世の開発原論・農学原論』(創成社、新装版2024年)など、 訳書にフランツ・ヴァンデルホフ『貧しい人々のマニフェスト』(創成社、2016年)、アルトゥーロ・エスコバル 『開発との遭遇』(新評論、2022年)などがある。

カナダの協同組合運動とフェアトレード(第3回)―UCIRI組合とフェアトレード運動―獨協大学外国語学部教授北野収きたのしゅう