Web 共済と保険2026年11月号
今に生きるいにしえの災害記録(上)
~災害記録が語る日本人の知恵と文化~

はじめに
私は保険業界における自然災害リスクのモデリングに携わる業務上、地震・台風・津波・洪水・高潮・竜巻・山火事・雹(ひょう)、さらにはテロリズムなど、世界中の様々な災害記録に触れてきました。その経験上、日本の自然災害記録は、歴史的なスパンと品質において間違いなく世界一と言えるでしょう。
今回、日本を離れて米国に渡り今年で24年になります筆者から、日本が世界に誇れる、時代を超えた災害記録の蓄積と継承および防災対策での活用について、日本の文化的な背景や災害観、歴史、工学や金融の分野での展開を含めて11月号および12月号の2カ月に渡って考察させていただきます。
世界に誇れる日本の災害記録
最も古い記録としては、『日本書紀』や『続日本紀』に、早くも地震や洪水に関する記述が見られます。
東京大学 名誉教授で地震学者の宇佐美龍夫先生がまとめられた『日本被害地震総覧』によれば、西暦416年の允恭(いんぎょう)地震の記録に始まり、江戸時代に入る頃から地震に関する記述が次第に具体的かつ体系的になっていきます。
そして江戸時代後半の記録を見ると、既に現在行われている被害統計と比較しても遜色ない被害分類がなされていることが分かります。
つまり、当時から社会全体や組織において、自然災害への対応が本質的に重要な課題と認識されており、災害後に詳細な記録を蓄積して継承することで、将来の社会基盤をより堅固なものにしようとする考えが、それぞれの組織や個人レベルで共有されていたことに驚かされます。
日本被害地震総覧から1854年安政南海地震被害一覧抜粋(図表1)と当該地震の災害調査記録の具体的な記述の抜粋(図表2)を示します。
(図表1)および(図表2)から見て取れるように、被害状況を詳細に記録した内容には目を見張るものがあります。崩れた城壁の面積を記録し、城下町の倒壊または半壊した住宅・蔵・社寺の数を数え、倒れた仏像の数を調べ、米屋や呉服屋の商売再開に必要な資金を算段し、農家の水不足や牛馬の死亡数、地割れ、液状化、土砂崩れの位置等々、これらの記録は現在において震災後に行う経済的損失額算定の基礎となる情報項目をほぼ完全に網羅しています。
現在のGISツール(地理情報ソフトウェア)※1を用いれば、これらのデータを基に、建物、家財、営業中断ごとの被害率マップを簡単に作れてしまうでしょう。
※1 GIS(Geographic Information System)、地理的な位置情報をデジタル地図上で重ね合わせて管理・分析出来る「地理情報ソフトウェア」。
さらに、安政南海地震が中部地方から九州地方にわたる広範囲に被害をもたらしたにも係わらず、知行主(領主)ごとに一貫した形式で報告されていることから、当時の指示系統や指示内容が地震という頻繁に起こらない災害(数百年に一回)においても組織的かつ周到に準備され、役割分担が明確化されていたことが伺えます。
さて、余談ではありますが、私の今朝の業務の一つは、今年7月28日に発生した熊本県の地震被害データの継続モニタリングでした。具体的には、被害データの集積を時間軸で追いながら、2016年の熊本地震と比較しつつ最終的な被害を予測する作業を行っています(図表3)。
そのデータの元となる報告書の抜粋が(図表4 2026年熊本県地震災害記録 9月1日時点)なのですが、面白い事にそのフォーマットを江戸時代の記録例である(図表1)と比較すると、なんと内容がほぼ同じなのです。
数百年の時間を超えて、腰に脇差の「エンジニア」が現在の私と同じ課題に向き合い、それぞれの時代の「今」を生きながら同様の目的に向かって仕事をしていると思うと、非常に興味深い歴史感を覚えます。
ただし、AIや高速解析サーバ、GISツールを駆使できる現代の私たちは、江戸時代の若侍よりもよっぽどいい仕事をしないといけませんが。
災害記録の担当者の心持ちとして一つ付け加えさせていただくと、被災地に自ら足を運び、被災者と同じ空気を吸うことで初めてわかる災害の本質があります。
災害記録から災害の実相をイメージする力、特に防災従事者にとって不可欠なこの力は、その人がどれだけ多くの災害現場に立つかによって培われるものであり、専門家として次世代に継承していかなければならない災害と向き合う重要な姿勢だと考えています。
日本人の災害観
ここからは筆者の主観が大いに含まれますが、前述の被害記録に関わる文化の源にはやはりなんらかの日本人独自の自然観や共同体意識が影響していると考えます。
以下にその特徴を挙げてみます。
- 自然に対して畏敬の念を抱いている。深い感謝の気持ちを持ちながら、天災についてはありのままを謙虚に受け止め、日々精進することで自然と共存するべきだと考えている。
- 自然や科学に強い興味を持っている。
- 歴史や先人に対して深い敬意を抱いている。
- 時代を超えて、個人としてではなく共同体の中で役割を担って生きているとの感覚を持っている。つまり、一人の人間のスパン(30年くらい)で実現不可能なゴールは存在し、複数の世代にわたって経験・知識を共有し継承することで成果をあげられることを理解している。
- 細かな作業を根気よく続けることを得意としている。
これらの自然観や共同体意識についての特徴は、おそらく古くからの自然崇拝や神道が精神的な基盤となっていることが起因だと思われます。人類は、山、川、森、岩、動物、植物といった自然の要素と平等に存在し、自らをその一部であると捉えていることが根底にあるのでしょう。
天災についても同様に、不運ではあるものの避けることのできない自然の一部と考えているが、その一方で日々の生活の中での心構えや、徳を積む行動を通じて知恵を蓄積・継承することによって、将来起こりうる災害に何らかの形で対応すべきだという価値観が共有されています。
その様な背景での災害記録は、単なる悲劇の物語ではなく、世代を超えた未来への具体的な対策となる判断材料としての役割を担ってきています。歴史初期の頃は、津波碑や古文書、絵図等、後世の人々に向けたメッセージとして多く残されてきたのはご存じの通りかと思います。
但し、その内容は自然の現象の観察や記録に基づくものであり、「津波前の引き潮からの警告」や「この高さより低いところに家を建てるべからず」などは具体的な良い例です。
- 稲むらの火
安政南海地震による津波の際に起きた出来事をもとにした物語です。祭りの準備に心を奪われている村人たちに危険を知らせるため、高台に住む庄屋の五兵衛が、自分の田にあった刈り取ったばかりの稲の束(稲むら)に松明で火をつけました。
これにより火事と誤認させ、消火のために村人たちを高台に集め、結果的に彼らを津波から守ることができたのです。 - 天災は忘れた頃にやってくる
寺田寅彦先生※2の弟子の一人が先生の言葉として紹介したそうです。寺田先生の著作の中にこの一文そのものは存在しないらしいのですが、人間は次の災害が来る頃には前の教訓を忘れてしまうという防災の重要性を繰り返し述べていたことから、この言葉は寺田先生の言葉として広く認識されています。
※2 寺田 寅彦(1878年11月28日~1935年12月31日)。物理学者、随筆家、俳人。
- 津波てんでんこ
この言葉は、助け合いが重視される地域社会においても、津波が発生した際には個人の迅速な避難を最優先すべきだという教訓を意味します。東日本大震災の際、東北地方で行われていた防災教育が効果を発揮した事例の一つとして多く報告されました。
その他の日本的な特徴について引き続きコメントさせて頂きます。例えば、(図表4)に示された2026年熊本県地震の被災記録のような情報を収集する作業は、震災直後の過酷な状況下にもかかわらず、報告書は震災後わずか1カ月の間に、消防庁および熊本県から実に計60回も配布されています。
これは1日あたり約2回の頻度に相当します。海外ではこの頻度が「無駄」と批判されることもあるかもしれませんが、日本では報告書に被害集計だけでなく、緊急救助活動や避難所の状況、交通機関の稼働状況など、刻々と変化する現場の情報が含まれているため、被災者や関係者に最新情報を迅速に届けることで状況改善に寄与する可能性が大いにあるとの判断がなされているのでしょう。
また、被害統計は市区町村単位でまとめられていますが、実際の調査は建物ごとに行われています。そのため、住宅被害の程度や津波・洪水であれば水深の記録など、ハザードに関する情報も同時に収集されています。
被害記録については多様な切り口が存在し、それに従事する関係者も幅広い分野に渡ります。具体的には、地元の消防団、市区町村の担当者、警察官、被害認定調査員、保険アジャスター、建設業関連(設計・施工)調査員、大学や学術研究機関などが挙げられます。
更に参考資料として、「阪神・淡路大震災時の丁目別被害地図」(図表5)、「東日本大震災時の木造建物における被災度別比率(%)ー津波高さ(m)関係」(図表6)を示しました。
これらのデータには、被害状況に加え、建物ごとの形状、用途、床面積、階高、設計年、構造種別などの属性情報が可能な限り含まれています。
このような極めて詳細な被害データが、主要な災害の全て(文字通り全てです)に整備されているのは世界でも日本だけです。
この種の記録は、防災計画の策定、被害の軽減、リスク分散およびリスク移転の分野において非常に大きな役割を果たしています。その過程で蓄積された知識と経験を共有できることを大変幸運に思います。
加えて、東日本大震災後の現地調査をRMS(旧: Risk Management Solutions 現: Moody's )のメンバーを米国から連れて行った際の経験ですが、被災地の多くの方が大変難しい状況におられる中、「しっかり調査・研究して今後の役に立てて下さい!」と励ましのお言葉と同時に、我々に災害当時のお話や写真を提供いただく等多大なるご協力を賜ったことが強く印象に残っています。
支援の中にはその日その日の緊急的なものだけでなく、長いスパンで存在するものがあると言う意識が浸透していることが理解できます。
また現地での運営可能なタクシー、ホテル、食事の価格についても通常通りとなっており、あれだけ大規模な災害であっても安定と安全を継続できる社会と人々の"当たり前"を貫く力強さに深く感銘を受けました。
「自然や科学に興味がある」や「根気よく続ける」といった特徴については、歴史的に日本がクラフトマンシップ(匠の精神)の国であることから、多くの方に共感いただける内容だと思います。
日本人には、繊細な色合いや味覚、造形といった感覚的なものを熟成させる傾向があり、自然災害のような決して好ましくない現象においても、専門家でない方々も積極的に調査や研究を試み、様々な工夫を凝らす姿勢が広く見られます。
例えば、小学校や水族館、地元の漁業協同組合といった身近な団体が、それぞれ独自の視点で災害の状況を分析し、将来への提言を行うことがあり、その内容がテレビ局や新聞社による報道よりも、地元でしか見られない状況に寄り添うことでより深く掘り下げられていると感じるケースも少なくありません。
「細部に気を配り、根気よく続ける」という点については、様々な分野において数多くの事例が存在するため、具体例を挙げるのに事欠きません。これまでの話題とは少し異なる分野ではありますが、台風のハザード研究から一例を紹介します。
(図表7)は日本気象協会が1973年に発行した1940年7月から8月の台風経路図です。衛星データやコンピュータ解析、GISツールが存在しなかった時代において、主に気象観測所や船舶からの報告をもとに、ドラフターなどを用いて手作業で作成されたものと推測されます。
日本周辺では台風の発生数が非常に多いため、高精度な記録・分析と台風トラックの描写には相当な根気と労力が必要だったと考えられますが、(図表7)のわずか2カ月分の台風経路を見るだけでも、その膨大な作業には驚かされます。
繰り返しになりますが、直ぐにゴールに達するか、個人の成果に直結するかを別にして継続的に取り組むことを惜しまない姿勢は日本文化のあちこちに深く根付いており、それが日本の防災に大きく寄与していることは間違いありません。
終わりに
今月号では世界に誇れる日本の優れた災害記録の歴史とその背景について述べさせていただきました。12月号では、長年にわたり我が国で取り組まれてきた貴重な災害記録がこれまでどのように活用されてきたか、また将来に向けてどのように継承し、発展させていくべきかについて、お話しさせていただきます。
監修・協力:
水越 熏 元鹿島建設技術研究所 工学博士
畑田 朋彦 株式会社イー・アール・エス・鹿島建設技術研究所 博士(工学)
■ 執筆者プロフィール

Moody's 保険ソリューション部門 アナリティクス&モデリング担当。日本・米国労災保険、テロリズム、サプライチェーン、米国・カナダのサイバーフリーズモデル開発に加え、アジア太平洋市場開発をモデリングの立場からリードしている。米国での自然災害リスク24 年、日本での建設・構造設計12 年の経験を持ち、日本地震・津波モデル、日本台風・洪水モデル、アジア諸国の様々な主要災害モデルを主導。日本において一級建築士、米国の技術士資格を保有し、神戸大学で建築工学の学士号・修士号、スタンフォード大学で構造工学の修士号を取得。






