Web 共済と保険2025年11月号
ロボットタクシー実用化、社会受容の壁を乗り越えろ
― 技術の先進と法制度の交差点、社会課題解決に向け社会実装 ―
1.タクシー不足の背景に運転手不足と高齢化、訪日外国人増加の影響も
タクシー運転手はこの10年で約40%減少し、同時に高齢化も進んでいます(図表1、2)。待遇面では、タクシー会社では歩合給制度が採用されており、その特性上、休業が増えると収入も減少するため、長時間労働になりやすい傾向があります。多くの産業が人手不足に直面するなか、タクシー運転手の労働時間は月間191時間で、全産業の同175時間を上回る一方、年収は全産業平均を下回って※推移していることも運転手不足が背景にあります。
全国的にタクシーがつかまりにくい状況が多くみられるなか、訪日外国人の増加がそれに拍車をかけています。2024年の訪日外国人は3,686万人と、過去最高だった2019年の3,188万人を大きく上回りました。2025年上半期では2,151万人にのぼり、過去最速となる6ヵ月で2,000万人を突破するなど、足元でも増加基調が続いています。訪日外国人の増加もタクシー需要を押し上げており、観光地では鉄道やバスでは不便な場所や、複数の観光スポットを効率よく回ることができるため、利用が増加しています。同様の理由により、レンタカー利用も増加しています。公益財団法人交通事故総合分析センターによると、観光・娯楽目的のレンタカーの相対事故率※1は日本人2.5に対して、訪日外国人は13.8と5倍以上高くなっており、訪日外国人増加に伴う日本人以外の運転による交通事故の増加が懸念されます。
2.自動運転モビリティサービス、日本での実証実験が進む
人手不足対策としても期待されるのが自動運転技術です。自動運転タクシー(以下、「ロボットタクシー」)は、米国でGoogle(グーグル)の親会社であるAlphabet(アルファベット)傘下のWaymo(ウェイモ)が2018年12月に世界で初めて商用展開しました。自動運転開発で世界をリードしており、米国内でレベル4(図表3)のロボットタクシー利用可能エリアを拡大させています。中国のIT大手・百度(バイドゥ)も実用化しており、米国テスラ社は2026年にもEVのロボットタクシーの生産を開始する計画を明らかにしています。
Waymoは2025年から、日本で自動運転の導入に向け、タクシー会社の日本交通や配車アプリ「GO」と連携し、米国以外では初となる実証実験を始めています。車両は英国ジャガー社のEV「I-PACE」をベースに、4つのLiDAR※2、6つのレーダー、29個のカメラを搭載しています。導入は段階的に行なう予定で、東京都心(港区、新宿区、渋谷区、千代田区、中央区、品川区、江東区)でタクシー会社の乗務員が車両を運転し、テストを行なっています。筆者も千代田区の職場近くで実証実験中の車両を目撃しました(図表3)。
自動車メーカーでは、トヨタ自動車が2018年にソフトバンク等との共同出資によりMONET Technologiesを設立し、自動運転技術を用いたモビリティサービスの実証実験を行なっています。2025年1月から3月にかけて、運転席に人間が座るがハンドル操作はしないレベル2の自動運転実証走行を東京・有明地区で実施しました。トヨタ自動車の北米向けミニバン「シエナ」をベースにした車両に5つのLiDAR、5つのレーダー、8つのカメラを搭載しています。今後、地域と連携して移動の利便性と回遊性を高めるなど、その地域のニーズに合った自動運転の社会実装を進める予定です。また、トヨタ自動車とWaymoは2025年4月、自動運転分野での提携に基本合意したと発表しました。ロボットタクシーで先行するWaymoにトヨタ自動車の車両技術を組み合わせるほか、自動運転に使用する車両プラットフォームの開発で協力します。
日産自動車は2018年からモビリティサービスの実証実験を継続しています。2025年2月から3月にかけては、レベル4の実現に向けた安全性の実証を目的に、横浜みなとみらいのニッサングローバル本社ギャラリーから赤レンガ倉庫周辺にかけての公道において、国内初となるドライバーレス運行の実証実験(レベル2)を行ないました。車両はミニバン「セレナ」に6つのLiDAR、9つのレーダー、14個のカメラを搭載したものです。2025年11月下旬から横浜中心部で5台の自動運転車両を走行させる予定で、サービスを体験してもらう一般モニター約300人を募集すると発表、2026年度にかけて20台程度が横浜を走行する計画としています。また、2027~2028年度には自動運転サービス地域の拡大、2029~2030年度には自動運転サービスの定着をめざすとしています。
そのほか、名古屋大学発のスタートアップ企業ティアフォーは日本交通と協働し、自動運転システムの安全性と乗り心地向上に寄与するAI技術の開発に向け、日本交通が運行するタクシー車両にティアフォー社製データ記録システムを搭載し、2025年2月から東京都内広域での走行データ収集を開始しています。レベル4の社会実装に向け、タクシー走行中に得られる大量の走行データを基に自動運転AI開発に最適なデータセット構築をめざしています。また、東京都は、八丈島でデジタル技術を活用した効率的かつ省力化された移動手段、スマートモビリティサービスの実証事業を実施しており、島内のタクシー事業者と協力したAIデマンドタクシーが2026年1月31日まで運行されています。
(図表3)自動運転のレベル・東京都心で実証実験が進められるロボットタクシー
3.実用化が待たれる自動運転技術、タクシー不足の救世主に
訪日外国人需要の高まりや高齢化の進展に伴い、個々のニーズをふまえた移動手段にかかる需要は今後さらに増していくと思われます。特に75歳以上になると運転免許保有率は大きく低下します。そうした需要に対応し得る代表的な移動手段はタクシーですが、ドライバーの減少や高齢化が進み供給力低下が不安視されるなか、高まる需要に応えていくうえで自動運転技術の活用が期待されます。日本最大級の法律相談ポータルサイト「弁護士ドットコム」が行なった「免許返納に関する実態調査(2024年9月)」によると、60代以上に聞いた返納しない理由は「運転能力に問題ないと思っているから」が58.0%で最多、次いで「単純に返納する理由はない」が44.5%ですが、「代替の移動手段に乏しく生活に困るから」が32.8%で3位と上位に入っており、移動手段の確保は重要なポイントと言えます。
日本では人口の3割が65歳以上の高齢者となり、他の先進国でも高齢化は共通の社会課題です。自動運転は実用化が待たれる技術であり、自動車産業の技術競争の中心となります。自動運転で先行する海外勢はIT系の会社が主導し開発していますが、日本では自動車メーカーが長年の経験から蓄積したシャシー性能※3をベースにIT技術を融合した自動運転が発展しました。それにより、スムーズさや快適性といった点が特長で、過年度からの実証実験を通じてセンシング技術※4を向上させ、自動運転全体の精度を高めています。
4.自賠責保険や任意保険等による被害者救済等の整理
政府はデジタル庁を中心に自動運転技術の進展とその社会実装を推進しており、そのなかで無人運転を想定した責任判断の流れも示しています(図表4)。
政府が取組みを推進するなか、日本損害保険協会(以下、「損保協会」)は先進自動車技術検討プロジェクトチームを設置し、自動運転、特にレベル4に関する法的・実務的な課題を整理・検討しています。特定条件下で運転者の関与なしに自動車が走行するレベル4までの自動運転については、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」)の運行供用者※5責任が維持されると整理されており、対人賠償については自賠責保険で補償されます。国交省の「ロボットタクシー導入等に向けた自動運転における自賠法上の損害賠償責任に関する検討会(2025年4月30日)」では、ロボットタクシーの運送主体である旅客自動車運送事業者や市町村又はNPO法人等は公共ライドシェアを使用する権原を有することから運行供用者に該当、旅客自動車運送事業者や市町村又はNPO法人等から受託する事業者は原則として運行供用者には該当しないと整理されました。また、対人賠償のうち自賠責保険で補償される額を超過した部分および対物賠償については、加害者が損害賠償責任を負うこととなりますが、自動運転の場合、その加害者の特定が困難となることが想定されます。任意保険は、被保険者が法律上の損害賠償責任を負うことによって被る損害に対して保険金を支払いますが、損保協会は2024年6月、民事責任の主体およびその根拠法、責任割合の在り方に関して、損害保険業界として対応すべき論点を「先進自動車技術検討PT報告書 自動運転(レベル4)に対する法的・実務的論点」としてまとめました。
(図表4)無人運転を想定した事故調査・責任判断の流れ

(出所)デジタル庁「自動運転の社会実装に向けた「先行的事業化地域」について」より明治安田総研作成
5.自動運転の普及による社会課題解決、損害保険や共済への期待
自動運転技術の進展は、ユーザーの利便性向上のほか、労働力不足の緩和、交通事故の削減、環境負荷の軽減、高齢者等の移動手段の確保など、さまざまな社会課題解決の可能性を秘めています。一方、自動運転の普及に向けたハードルは、制度面と社会的受容性だと考えます(図表5)。制度面に関しては、法制度については従来の交通事故では運転者責任が中心ですが、レベル4では運転者不在となるため、メーカー、運行管理者、システム提供者などの間での責任分担が課題となるほか、自賠責保険とPL(製造物責任)法との関係整理も必要です。また、社会受容性については「無人で走る車」に対する国民の不安感が根強く、特に高齢者・子育て層で「怖い」「トラブル時に不安」といった声が多く聞かれます。事故報道が出るたびにネガティブイメージが広がるため、社会心理的ハードルは依然高いと言えます。こうした事例は他にも見られます。例えば、ビジネスや暮らしを支えるAIやクラウドサービスの普及に伴い、都市部などでデータセンターの建設が進められているなか、いくつかの自治体では建設計画が地域住民の反対で撤回されるケースも見受けられます。地元住民としては、すぐそばに「得体の知れない巨大な建物」が建つことに一種の恐怖を感じるのでしょう。自動運転も同様で、普及に至るには世の中に漸進的(ぜんしんてき)に浸透していくことが必要だと考えます。
運転手不足を背景としたタクシー不足が叫ばれるなか、自動運転車が街中を走ることが遠くない将来に実現する可能性は高いと思われます。バスなどの公共交通機関も運転手不足に悩むなか、地方など全国各地で展開できる自動運転の移動手段が、国民生活のサポートとなることが期待されます。自動運転車の普及に向けて、特に自動運転中の事故について、業界の垣根を越えて原因分析・責任主体を確認する体制を構築し、迅速で漏れのない被害者救済を図っていくことが必要です。また、被害者だけでなく加害者の負担軽減も図ることにより、自動運転車に関わるすべての当事者にとって損害保険や共済が有効なインフラとして機能することが重要だと考えます。
政府の検討と歩調を合わせつつ、技術面で依然として競争力を維持している日本の自動車メーカーや部品メーカー、IT企業、保険会社・共済等による業界横断的な連携※6により、安心・安全な自動運転社会が実現することを期待します。
(図表5)自動運転の普及に向けた課題
■執筆者プロフィール
※2024年の平均年収、全産業(男性) 590万円に対し、タクシー運転手(男性) 417万円
(出所:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」、一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会)
※2024年の平均年収、全産業(男性) 590万円に対し、タクシー運転手(男性) 417万円
(出所:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」、一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会)
今後もこのような協力体制がレベル4以上でも求められる





