Web 共済と保険2026年3月号
生涯現役時代におけるミドルシニアのキャリア戦略(後編)
前編では、平均寿命の延伸や経済的な事情により、60歳以降も働き続ける必要性が高まっていること、そしてキャリアが「現役時代」「ミドルシニア期」「シニア期」という三つのステージに再定義されつつあることを確認しました。特に、50代後半から60代前半にあたるミドルシニア期は、役職定年制度やポストオフという組織人事制度の転換点に直面する、キャリアの中で最も複雑で難しい局面です。この時期は、家計の状況からまだ稼ぎ続ける必要がありながらも、組織内での役職を降りることが多くなるため、働き方に不全感を抱きやすいという矛盾した感情を抱きやすい時期でもあります。
ポストオフ後にプレイヤーとして働くことが求められる背景
前編でも説明したように、人手不足の深刻化と70歳雇用時代への移行という背景から、現代において、ミドルシニアには役職を降りた後に一プレイヤーとして現場で活躍することが強く求められるようになっています。
現場のプレイヤー不足は深刻であり、企業が持続的に成長するためには、経験豊富なミドルシニアを積極的に活用するしかありません。管理職一筋だった元部長や元課長にも、その後の長いキャリアを、現場で成果を出すプレイヤーとして働いてもらうことが不可欠となっているのです。
ただし、このプレイヤー復帰は、事務系のホワイトカラー、特に部長以上の役職経験者にとっては大きな課題です。長期間、管理業務に専念してきた役職者は現場感覚を失っていることが多く、プレイヤーに戻ることに精神的な抵抗が大きい傾向があるためです。これに対し、課長職などプレイングマネジャーの経験が長い層は、ポストオフ後も現場で働くことへの抵抗が相対的に少ない傾向があります。
企業は、このミドルシニア層が持つ能力と意欲を最大限に引き出し、公正に評価・処遇を行い、多様な働き方を支援することできるかが、人口減少時代における持続的な経営を実現する試金石となるでしょう。
ミドルシニア期に仕事をするにあたって重要なのは、就労観の転換
ポストオフ後、ミドルシニア期に仕事をする上で最も重要なことは、仕事への価値観を転換し、現場のプレイヤーとしての役割を受け入れることです。
ミドルシニア期は、給与や役職への期待を失いがちな葛藤の時期です。リクルートマネジメントソリューションズの調査では、「充分な賃金を得る・良い生活をする」を重要と考える人は、ポストオフ前は43.5%でしたが、ポストオフ後は10.4%と大幅に低下しています。多くの人がこの時期に、仕事に意義を感じなくなるという落ち込みを経験します。
しかし、この時期は単なる喪失の時期ではありません。同時に、人生の大きなイベントに目途がつき、心理的な解放感を覚える時期でもあります。多くの人は、定年後、仕事の責任や権限が縮小することで、過度なストレスから解放されます。大切なのは、ポストオフで給与や権限など失ったものだけでなく、新しい挑戦機会、時間的・精神的な余裕、重責からの解放といった得たものにも光を当てることです。
充実感を持って働き続けるためには、これまでキャリアの動機付けであった高い収入や役職への執着を乗り越え、新しい価値観へと移行することが不可欠です。ミドルシニア期以降、仕事の価値観として重要度が高まるのは、人の役に立ち、感謝される、自分が楽しめる、面白いと思える、職場環境が快適でストレスが少ないなど生活のリズムを整え、健康維持や社会とのつながりを得る手段として仕事を捉えるようになります。
難しい年下上司との関係性
ポストオフ後、ミドルシニア社員の多くは年上部下として年下の上司につくことになります。大企業においても、職場の2割から3割の従業員が年上部下にあたる状況が主流になりつつあります。元部長が、現課長である元部下の下につくといった状況は、もはや珍しくありません。
年下マネジャーの多くは、人生の先輩である年上部下に対し、過度な遠慮や配慮をしてしまいがちです。明確な指示やフィードバックができず、結果として過度な遠慮や放任に陥りやすい傾向があります。多忙なマネジャーにとって、年上部下は面倒な人に見えがちであり、過去の経験を基にした発言をすることで、コミュニケーションが双方にとってプレッシャーとなってしまう傾向もあります。
一方、年上部下は、上司に遠慮されることで自分はあまり期待されていないと感じ、モチベーションが低下しがちです。上司が言葉を選び、明確な指示やフィードバックを避けると、年上部下は言いたいことがあるなら、むしろ正直に言ってほしいといった複雑な思いを抱きます。結果的に、年上部下は、自らの立場が主力のラインから外れたことを再認識し、存在価値を感じにくくなるという悪循環が生じます。
ポストオフ後にプレイヤーとして現場で成果を出し続けるためには、長らく管理職を務めてきた社員は現場感覚を取り戻し、管理職だった自分への抵抗を乗り越える必要があります。日々の業務で少し踏み込んでやってみる、他の人が手一杯のときに手を挙げるといった小さな行動を積み重ねることが重要です。地道な取り組みが、ミドルシニアにとってのリスキリングやアンラーニングの実際の姿であり、自らの居場所を見つけ、仕事を通じた貢献を実現する道となります。
求められる強いマネジメント
ミドルシニア社員が活躍できるかどうかは、年下マネジャーのマネジメントにかかっています。年下マネジャーに求められる最も重要なことは、人生の先輩としての敬意を払いつつも、共通の目標を追う仲間として期待する姿勢を明確に示すことだと思います。
マネジャーは、年上部下の主体的な希望を丁寧に聴取した上で、あなたに期待する今期の成果はこれですといったように、職責に照らした目標設定を行い、具体的な職務や成果を決定しなければなりません。そして、成果に達しない場合は、現在の仕事ぶりでは、期待する職責を果たしていませんと警告を出し、その理由を丁寧に説明して納得と行動変容を促す厳正な評価とフィードバックが信頼を生みます。
ただし、この高度なマネジメントはマネジャー一人で負えるものではありません。厳しい評価や降格を伝えねばならない損な役回りをマネジャーが負う際には、経営層や人事による組織的なバックアップが不可欠です。組織として強いマネジメントを支援する体制を確立することが、ミドルシニアの力を最大限に引き出す鍵となります。
継続雇用という選択肢を戦略的に活用する
改めて当事者の立場から、定年前後以降のキャリアの選択肢を考えてみましょう。多くのミドルシニアが取る現実的なキャリアに選択肢としてその中心になるのは、これまで長年勤め続けた会社で再雇用などの継続雇用制度を利用して働き続ける道でしょう。再雇用は、転職と比較してリスクが低く、慣れ親しんだ職場でこれまでの経験を活かして働き続けられるメリットがあります。
再雇用制度は、契約期間を1年ごとなどに更新する有期契約となるケースが多く、給与を得ながら独立や転職に向けて慎重に準備を進める期間として戦略的に活用できるという側面もあります。仕事の満足度に関するデータを見ても、再雇用で働いている人の満足度は良好であり、決して悪い選択肢ではないことがわかります。
ただし、継続雇用制度が抱える課題も理解しておく必要があります。従来の継続雇用は定年後の一律の報酬減額と定年後の補助的な業務といった画一的な運用が目立ち、大幅な報酬減は現役時代の年功賃金(後払い賃金)のリセットと、雇用確保の代わりに人件費を抑制するという企業側の意図が強く表れていました。ミドルシニア社員の一部からは給与が大幅に下がってモチベーションが上がらないといった悩みの声が聞かれてきましたが、今後は企業側の制度改革が進む中で、成果に応じた処遇を勝ち取れるよう、自律的に能力向上に努めることが重要となります。
転職・独立の厳しい現実と成功のための覚悟
現職での処遇や働き方に満足できない場合、転職や独立という選択肢も視野に入りますが、中高年の転職市場は厳しい現実を伴います。
厚生労働省の「転職者実態調査」によれば、50代以降になると転職によって賃金が増加する人よりも減少する人のほうが多くなるという傾向が明確です。転職は早ければ早いほど決まりやすく、特に役職定年を迎える前の一番高い役職の時に転職したほうが決まりやすいし、給料も高いとされています。定年直前になって、再雇用の給与を知ってから焦って転職活動を始めても、競合が多いため成功は難しくなります。
特に大企業の管理職経験者が中小企業へ転職する場合、希望年収と中小企業の提示する年収(一般的に300万~500万円)のズレが大きく、書類選考すら通らないケースが多発します。中小企業が求めるのは、長期間管理業務に専念してきた元部長としての経験ではなく、一カ月以内に一円でも売上を立てられる即戦力のプレイヤーであり、大企業のルールに慣れ親しんだ人材は、中小企業の叩き上げの経営者からは使えないと見なされる厳しい現実もあります。中小企業への転職の成功を左右するのは、自身の専門性を売り込むだけでなく、新しい環境の文化や実態を理解し、それに適用しようとする覚悟や柔軟性を持つことだと思います。
企業は早期からのキャリア教育と情報開示を
人口減少時代において、企業はミドルシニアを単なる指導役ではなく、現役世代と同じように利益に貢献する即戦力として必要としています。ミドルシニアの活力を最大限に引き出すためには、企業側にも人事制度とマネジメントの抜本的な改革が求められます。
企業がミドルシニアの活躍を促すには、年齢による画一的な処遇や報酬減額を是正し、職務や成果に見合った給与体系を導入することが不可欠です。従来の定年後の大幅な報酬減額は、雇用確保と引き換えに人件費を抑制するという歴史的経緯がありましたが、今後はこの不連続な処遇を改め、ペイ・フォー・パフォーマンスを徹底する方向へと移行しています。先行企業では、定年後も現役世代と遜色ないパフォーマンスを発揮できる社員には、現役時代と同水準の報酬を支払う仕組みを導入し始めており、その一方で、報酬レンジを広げ、多様な働き方や貢献度に応じた柔軟な処遇設計を行う傾向が見られます。
この人事制度の設計において、企業は再雇用制度と定年延長制度のいずれかを選択することになります。再雇用制度は、雇用契約を更新する際に職務や処遇を柔軟に変更しやすいというメリットがありますが、給与減によるモチベーション低下や高度なマネジメントが求められるという課題を伴います。一方、定年延長制度は、従業員のモラルを大きく低下させずに済むという利点がありますが、ぶら下がり社員を生み出さないための厳正な目標設定と評価が必須となります。定年延長をするのであれば、それと合わせて役職定年制度や任期制を導入するなどして、ポストオフのタイミングをあらかじめ定めておくことも必要でしょう。いずれの制度を選択するにしても、企業は従業員の多様な働き方を認め、公正な評価と処遇を実現するための高度なマネジメントを確立することが、成功の鍵となります。
ミドルシニア社員に主体的なキャリア設計を促すためには、定年が間近に迫ったタイミングではなく、50歳や55歳といった早い段階から、自社の制度や今後のキャリアの方向性についてメッセージを出し、準備を促す教育機会を提供することが重要です。
社員は、自社が定年後どのような処遇を予定しているのか、今後どのような制度変更を考えているのかを人事部門に積極的に確認すべきであり、企業側も社員が定年後も現役世代と同じように活躍できるのか、それとも別の道を模索すべきかを判断できるだけの情報と猶予期間を提供しなければなりません。先行企業では、50歳や55歳をキャリアの節目のタイミングとし、60歳以降の働き方を意識しながら、今後のキャリアの連続性を視野に入れてもらう施策を実施しています。
人生後半戦は、自分らしく選択して働く
現代社会において、定年後のキャリアは組織から与えられるものではなく、自ら主体的に設計し、選択するものになっています。かつては競争を強いられたキャリアの延長線上に引退が待っていると考えられていましたが、今は違います。
定年後の就業者の多くが、現役時代のような過度なストレスから解放され、無理のない仕事と豊かな生活を両立し、満足して暮らすことができています。彼らは、過去のキャリアがどのようなものであったかではなく、今の仕事が豊かで満足できるものかという考え方でその時々の暮らしを評価しています。
40代や50代の定年前の世代は、ポストオフをキャリアの終わりではなく、新しい価値観で人生を再構築する転機と捉えるべきです。組織からのメッセージを待つのではなく、自らの将来を見据えて、家計のシミュレーション、必要な能力の再構築、そして自分らしく、選択して働くという覚悟を持ち、行動を始めることが、豊かな後半の人生を切り開く鍵となるでしょう。
■執筆者プロフィール

坂本 貴志(さかもと たかし)
アナリスト
一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了後、厚生労働省入省。社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府にて官庁エコノミストとして「月例経済報告」の作成や「経済財政白書」の執筆に取り組む。三菱総合研究所にて海外経済担当のエコノミストを務めた後、2017年より人材系シンクタンクに所属。
