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Web 共済と保険2025年12月号

ウェルビーイングと他者との関わり
~気づかいの受け渡し経験と人間関係の満足度~

SOMPOインスティチュート・プラス株式会社
上級研究員 樋口 拓也(ひぐち たくや)

1.ウェルビーイング(Well-being)とは何か

 「Well-being」をオックスフォード英語辞典で引くと次のような意味が記載されています。「個人またはコミュニティに関して、健康で、幸福で、豊かである状態。身体的、心理的、または道徳的な幸福」と定義されています。さらに「Well-being」の言葉の起源をたどります。1561年『宮廷人の書(The Book of the Courtier)』という、君主に仕える宮廷人の理想像についてイタリア語で著された書物の一節の『良く在ること(イタリア語 ben esser)』に新たな英単語をあてて訳したのが起源と言われています。このイタリア語の『ben esser』に対して『well beeinge』と古典英語で訳し、時を経て「Well-being」となりました。

 その後、「Well-being」という言葉が一般的に広まったのは、1946年に採択された世界保健機関(WHO)憲章の健康の定義の中で使われたのがきっかけと言われています。定義の原文を見てみます。「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.」(日本語訳:健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態 にあることをいいます。)

 このように、ウェルビーイングは広範囲で多角的な視点で捉えられるものになっています。最近では、個人の日常生活におけるウェルビーイングだけでなく、行政や組織運営の中でも広く使われるようになっていきました。 

2.なぜ、ウェルビーイングが着目されているのか

(1)世界的な潮流

 なぜウェルビーイングが着目されるようになっているのでしょうか。幸福学の有識者によると以下2点が指摘されています。
 ・学問的な理由として、主観的ウェルビーイングについての研究が盛んに行われ理解が深まってきたこと。
 ・社会的な理由として、時代の変化とともに地位財(カネ、モノ、地位等)から非地位財(幸せ、健康等)へと価値観が移ってきたこと。

 上記の点を踏まえ、経済発展とウェルビーイングとの関係を見てみます。極端な貧困状態にある社会は、経済成長と共にウェルビーイングが急上昇したのち、ある水準を超えるとその伸びは緩やかになり、経済的に豊かな社会では、経済がさらに発展してもウェルビーイングはわずかしか上昇しないという分析があります。こうした見解は複数の研究で概ね共通しています。また、経済発展と並行して地球温暖化等の環境問題や貧富の差等の格差の拡大が顕在化するなかで、環境・社会的な持続可能性を考慮することの必要性も高まってきています。そうしたなかで、経済パフォーマンスを計測する指標としてGDP(国内総生産)とともに人々のウェルビーイングに着目する機運が高まってきました。

 特に2008年の世界金融危機以降、その動きは加速していきました。取り組みの代表的なものとして、2009年にフランスが発表した「スティグリッツ報告書」があります。当時、フランスのサルコジ大統領が、ノーベル経済学賞受賞者でもあるジョセフ・E・スティグリッツ教授(コロンビア大学)を議長とした有識者委員会を立ち上げ、GDPの課題点を指摘するとともに、今後の生活の質、未来の幸福度(例として地球の環境問題等)といったウェルビーイングや持続可能性に関わる要素を測定するために必要な視点をまとめています。

 この報告書を受け、国際機関や各国の取り組みがさらに広がったとされています。例えば、OECD(経済協力開発機構)はその後GDPに代わる幸福度指標として「Better Life Index」を開発しました。現在の幸福を測定する11項目(所得と富、主観的幸福、仕事と仕事の質、生活の安全、住居、ワーク・ライフ・バランス、健康、社会とのつながり、知識と技能、市民参加、環境の質)および未来の幸福の資源4項目(自然資本、人的資本、経済資本、社会関係資本)計15項目の指標を測定します。GDPのような単一の指標ではなく複数の指標を用いてウェルビーイングを測定する考え方は各国に広がり、各国が指標を制定し活用するようになってきています。

(2)日本政府の動向(2010年~2020年頃)

 日本における1人当たりGDPと幸福度・生活満足度を各年で比較したものを(図表1)に示します。1990年の値を100(基準点)とした場合、どのように推移したかを表しています。
 1978年から2011年にかけて、1人当たりGDPは、概ね右肩上がりに増えていますが、幸福度や生活満足度は、ほぼ横ばいになっていることが確認できます。

(図表1)日本における幸福度の推移

図

出典:内閣府「幸福度に関する研究会 幸福度に関する研究会報告―幸福度指標試案―」(2011年)

 このような状況を踏まえ日本政府も、ウェルビーイングに関する指標の整備に向けて動き出しました。2010年12月「幸福度に関する研究会」が設置され、2011年12月「幸福度に関する研究会報告―幸福度指標試案―」として指標案が示されました。

 その後、政権交代で登場した安倍政権は「アベノミクス」を掲げ、GDP成長路線を重視したことから、幸福度に関する研究会の提案の具現化はあまり進展しなかったとする見解があります。一方、幸福度研究会の指標案と議論の成果は自治体などに受け継がれているとする見解があります。例えば、東京都荒川区や熊本県等、複数の自治体で幸福の概念を政策評価等に用いるなど、行政において、「幸福」を施策の展開に活用しようとする事例が見られるようになっていきました。

 時を経て、2017年6月「経済財政運営と改革の基本方針2017」に次のような文言が盛り込まれ、再びウェルビーイングが注目されていきます。
 「従来の経済統計を補完し、人々の幸福感・効用など社会の豊かさや生活の質(QOL:Quality of Life)を表す指標群(ダッシュボード)の作成に向け検討を行い、政策立案への活用を目指す。」と記載されています。

(3)日本におけるウェルビーイング元年(2021年)以降の動向

 2021年は日本における「ウェルビーイング元年」と呼ばれています。
 Googleトレンド検索では、「ウェルビーイング」の検索数が2021年1月以降急激に上昇しています(図表2)。
 2021年は、日本政府のウェルビーイングに関する取り組みがより活発になっていったことが背景にあります。

(図表2)日本における「ウェルビーイング」の検索数の推移

図

出典:Googleトレンド検索より当社にて作成(2010年1月~2025年1月)

 例えば、政府の基本計画等(例:科学技術基本計画、子供・若者育成支援推進大綱)にウェルビーイングの視点が本格的に盛り込まれました。また、同年7月には関係省庁の連携等強化のために「Well-beingに関する関係府省庁連絡会議」が設置され、9月には「満足度・生活の質を表す指標群(ダッシュボード)」という単一指標によらないウェルビーイングに関する指標群が公開されています。指標群に盛り込まれた指標は(図表3)の通りです。経済的な指標のみならず、健康状態、交遊関係、社会のつながりに関する指標等が盛り込まれています。また、客観的な指標と関連がある主観的な満足度の領域も提示されており、複層的・多角的な構造となっています。

 以降、地方自治体での取り組みも活発になっており、例えば2022年には茨城県の第2次茨城県総合計画で「いばらき幸福度指標」に基づいた数値目標が設定されるなど、自治体へも波及してきています。

(図表3)満足度・生活の質に関する指標群

図

出典:内閣府「満足度・生活の質に関する調査報告書2021~我が国のWell-being の動向~」より日本共済協会にて作成

3.企業におけるウェルビーイング視点でみた課題

 企業においてもウェルビーイングを経営に活用する機運が高まってきています。活力向上や生産性向上の観点から従業員の健康改善を働きかける「健康経営」の動きが広がっていますが、その取り組みを深化させて、人的資本経営を実現するためには「心身の健康、熱意や活力をもって働くことを実現する社員のWell-being視点は重要」と認識されるようになってきています。

 しかし、従業員のウェルビーイングと企業業績に本当に関係性があるのかは気になるところです。従業員のウェルビーイングが良くなっても、業績が悪化すれば持続可能性はありません。米国企業における研究では、従業員のウェルビーイングと企業業績は強い正の相関関係があったと結論づけられています。具体的には、従業員のウェルビーイングが高い企業は、利益が高く企業価値等が高かったとされています。従業員のウェルビーイングにアプローチすることは企業業績の観点からも意味があります。

 次に、企業におけるウェルビーイングの課題をみていきます。
 例えば、不幸せな人ほど転職意向が高いという研究調査があります。厚生労働省の別の調査によると、転職理由は(図表4)の通りです。性別による差異は多少ありますが、給与や会社の将来性など企業の業績に起因するものだけでなく、人間関係、労働条件、仕事への関心等ウェルビーイングに起因するものが上位を占めています。そのため、従業員のウェルビーイング向上への働きかけは転職の抑制に効果がある可能性があります。

(図表4)転職入職者が前職を辞めた理由別割合の多い順

図

※「その他の理由」と「個人的理由のその他の個人的理由」を省いた順位づけ。その他の理由は、定年・契約期間の満了、会社都合、その他理由(出向等を含む)個人的理由は他に介護・看護、出産・育児、結婚が理由としてあげられている。
出典:厚生労働省「令和6年度雇用動向調査結果の概況」より当社にて作成

4.ウェルビーイングと他者との関わり

(1)信頼できる人の存在が与える影響

 それでは、企業のウェルビーイングに関連する課題のひとつでもある人間関係の満足度はどのようにすれば向上できるのでしょうか。当社で18歳~89歳の男女7,471名を対象(就業者・無職・学生等を含む)に行ったアンケートの調査結果から、人間関係の状況と人間関係の満足度との関係を細かくみていきます。

 (図表5)は、信頼できる人が1人以上いる人といない人の、交友関係・人間関係(以下人間関係)の満足度を比較したものです。満足度は、全く満足していない場合は0点、とても満足している場合は10点の11段階です。その結果、信頼できる人が1人以上いると回答した人の満足度の平均点は6.4点で、いないと回答した人は3.9点と低いことが判りました。信頼できる人がいることが人間関係の満足度を引き上げている可能性があります。しかし、「信頼できる人を増やしていきましょう」と言うのは簡単ですが、そう簡単に増えるのであれば誰も苦労はしないでしょう。

(図表5)信頼できる人が1人以上いる、いないによる交友関係・人間関係の満足度平均点
図

出典:SOMPOインスティチュート・プラス幸福度研究会アンケート調査より作成

(2)気づかいの受け渡し経験が与える影響

 そこで、日々の実践に結びつくヒントを得るために、気づかいと人間関係の満足度の関係を見てみます。
 (図表6)は、直近1年間で、他者へ気づかった経験と他者から気づかわれた経験の有無で場合分けした場合の人間関係の満足度の平均点を示しています。他者へ気づかった経験と気づかわれた経験両方ともある場合の人間関係の満足度の平均点は6.9点となり最も高く、他者へ気づかった経験と気づかわれた経験のどちらもない場合は4.5点と最も低い結果でした。気づかいは他者と相互に受け渡しを経験することで最も平均点が高くなるという結果です。

 また、気づかった経験はあったが、気づかわれた経験がない場合は5.3点、気づかった経験はなかったが、気づかわれた経験があった場合は5.8点でした。気をつかうよりも気をつかわれる方が平均点は高くなっています。一見、気づかった経験はあっても気づかわれた経験がない人は、気づかった割には見返りがなく損をしているようにも思えますが、どちらも経験していない場合の4.5点と比較すると0.8点高い点数となっています。つまり、誰かを気づかう行動は、気づかわない場合よりも自身の人間関係の満足度を上げる効果を期待できます。また、それは他者にとっては気づかわれる経験となり、他者の満足度を上げる結果となります。逆に、ぞんざいな対応をしてしまうと、これらとは逆の連鎖が生じることが想定され満足度を下げる結果となります。良い連鎖を促進し、悪い連鎖を断ち切っていくことが職場を含めた日常生活においてウェルビーイングを向上していく際の指針となるでしょう。

(図表6)気づかった・気づかわれた経験の有無による交友関係・人間関係の満足度平均点
図

「わからない・答えられない」の回答者を除いたため合計は7,471名と一致しない。
出典:SOMPOインスティチュート・プラス幸福度研究会アンケート調査より作成

5.まとめ

 ウェルビーイングの語源や各国政府の取り組み、企業とウェルビーイングの関係を概観したうえで、誰にとっても身近な人間関係の満足度について確認しました。

 ウェルビーイングを構成する一要素である人間関係の満足度を高めるためには、まず自ら他者を気づかうことから始めることが、初めの一歩となるでしょう。「人に情けをかけておくと、いつかは巡り巡って結局は自分のためになる」という意味で「情けは人のためならず」ということわざがあります。これに倣うと「ちょっとした気づかいは人のためならず」なのかもしれません。また、信頼できる人が1人でもいれば気づかいはしなくても良いということではなく、さらに気づかいを上手に受け渡しできると満足度は高くなります。「親しき中にも礼儀あり」ということわざは、この調査結果からも正しいと言えるでしょう。古くから語り継がれることわざにも、ウェルビーイングを高めるヒントが隠れています。

 本稿を通じて、ウェルビーイングについて少しでも身近に感じ、考えるきっかけになれば幸いです。

<参考文献>

  • Oxford English Dictionary " well-being -noun- Meaning&use"<https://doi.org/10.1093/OED/7175092406> (2025年10月9日閲覧)
  • 前野隆司「Well-being Report Japan 2022 ウェルビーイングレポート日本版2022 第一章 ウェルビーイングの現在」(2022年)
  • 公益社団法人日本WHO協会「世界保健機関憲章前文(日本WHO協会訳)」<https://japan-who.or.jp/about/who-what/charter/>(2025年10月9日閲覧)
  • 前野隆司「ウェルビーイング」日本経済出版(2022年)
  • ロナルド・イングルハート(著)山﨑聖子(訳)「文化的進化論 人々の価値観と行動が世界をつくりかえる」勁草書房(2019年)
  • 松下美帆「ウェルビーイング指標の政策活用:海外事例と日本への示唆」(2023年)
  • 横山直、有野芹菜、門野愛「Well-being "beyond GDP"を巡る国際的な議論の動向と日本の取組」(2024年)
  • OECD編著 西村美由紀訳「OECD幸福度白書5 より良い暮らし指標:生活向上と社会進歩の国際比較」明石書店(2021年)
  • 鈴木 寛「Well-being Report Japan 2022 ウェルビーイングレポート日本版2022 第四章:ウェルビーイングの国内動向」(2022年)
  • 内田由紀子「これからの幸福について 文化的幸福観のすすめ」新曜社(2020年)
  • 岩手県「「岩手の幸福に関する指標」研究会報告書」(2017年)
  • 内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2017について」(2017年)
  • 茨城県「第2次茨城県総合計画2022-2025 「新しい茨城」への挑戦」(2024年)
  • 経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~」(2022年)
  • Jan-Emmanuel De Neve, Micah Kaats and George Ward "Workplace wellbeing and firm performance"(2024年)
  • パーソル総合研究所 慶應義塾大学前野隆司研究室「はたらく人の幸せに関する調査結果報告書」(2020年)
  • 厚生労働省「令和6年雇用動向調査結果の概況」(2025年)

■執筆者プロフィール

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樋口 拓也(ひぐち たくや)
SOMPOインスティチュート・プラス株式会社 研究部 ヘルスケア・ウェルビーイング領域 上級研究員

有料老人ホームで介護士業務に従事。居宅介護支援専門員、訪問介護事業所サービス提供責任者・管理職、サービス付高齢者向け住宅の施設管理職業務など介護現場の幅広い業種・業務に従事。他法人への介護事業の運営コンサルティング経験あり。2022年より調査・研究業務に従事。専門は高齢者福祉、ウェルビーイング。「認知症の予防・診断・介護DX」((株)エヌ・ティー・エス2024年)監修。

ウェルビーイングと他者との関わり~気づかいの受け渡し経験と人間関係の満足度~SOMPOインスティチュート・プラス株式会社研究部ヘルスケア・ウェルビーイング領域上級研究員樋口拓也ひぐちたくや