Web 共済と保険2025年10月号
SDGsと協同組合
国連は、持続可能な生産と消費、食料安全保障、気候変動対策、地域の人々への医療・福祉、働きがいのある人間らしい仕事の創出、すべての人が参加できる社会づくりなど、さまざまな分野で持続可能な開発目標(SDGs)に貢献している協同組合を評価し、その認知の向上と協同組合の振興のために、今年2025年を、「国際協同組合年」(International Year of Cooperatives:IYC)と定めました。
今年の国際協同組合デー(7月第1土曜日)である7月5日に、これを記念して「見て、聞いて、体験 協同組合フェスティバル」(以下、「フェスティバル」)が、東京国際フォーラムにおいて開催されました(後援:内閣府、外務省、厚生労働省、農林水産省、金融庁、中小企業庁)。同フェスティバルでは、協同組合やSDGsについて"見て、聞いて、体験"できる、38団体におよぶさまざまな協同組合のブースが出展され、わくわくステージでは、新井ちとせ2025国際協同組合年全国実行委員会副代表(日本生協連代表理事会長)からの主催者あいさつに続き、協同組合やSDGsについて楽しく学べる多彩なプログラムが上演されました。また、8体の協同組合キャラクターやスペシャルゲストの登場等で賑わい、約4,000名が来場し、大盛況となりました。
「見て、聞いて、体験 協同組合フェスティバル」会場の様子
同フェスティバルにおいて、「"協同"がよりよい世界を築く~連続シンポジウム・座談会」第4回「SDGsと協同組合」が、第一部「SDGsと協同組合~実践状況、達成への課題と期待~」と第二部「持続可能な暮らしのために、先人から学び、未来へつなぐ~協同組合の父 賀川豊彦とSDGs~」の二部構成で開催され、計7団体から発表がありました。
今回の発表は、SDGsの視点から持続可能な社会、環境を築いていくため、協同組合によるSDGsへの貢献と課題について理解を深め、今後の協同組合として果たしていく役割と期待を再確認していく内容となっています。
本稿では、それぞれの部で発表された報告の中から1つずつ紹介します。
- 第一部から「日本の社会福祉の現状と協同組合への期待」
- 第二部から「北欧福祉社会と協同組合について 戦間期の北欧をみた日本人・賀川豊彦」
【事例報告1(第一部から)】
「日本の社会福祉の現状と協同組合への期待」
1.協同組合との出会い
私の協同組合との出会いは十年ほど前になります。生活協同組合の方から「子供の貧困」というテーマの勉強会に呼んでいただいたことがお付き合いの始まりです。私は、公務員として厚生労働省に勤務した後、日本生活協同組合連合会の理事を経て、現在は全国社会福祉協議会で、福祉の仕事をしています。福祉の立場から協同組合の皆さんと知り合えてよかったと実感しているところです。私は、SDGsが発表されたときは、すごいなと思ったのですが、「誰一人取り残さない」という言葉はものすごく嫌だったんです。それは、あまりにも綺麗事すぎて、そこまで高い目標を掲げてしまうと、結局、最後に「やれませんでした、ごめんね」、公約だから守られなくても叱られないから、それで終わってしまうのではないかと思いました。でも、ある日、日本にいるカナダ人男性の英語の先生から「村木さん、鎖の強さってなにで決まるか知ってる? 鎖の両端を持って、思いっきり引っ張った時に、どこで鎖が切れると思う?」と聞かれたんです。意味がわからずに黙っていたら、彼は「一番弱い輪のところで切れるんだよ」と教えてくれました。 それを聞いて「そうか、社会を守るためには一番弱いところを守らなければいけないんだ」ということに気づいて、「誰一人取り残さない」という言葉の意味が理解できました。それでも、頑張ってはみるけど難しいことだなと思いましたが、SDGsの17番目の目標「パートナーシップで目標を達成しよう」を見て、これなんだと思いました。そう思ったのには理由があり、私の37年半の公務員生活を振り返ってみると、公務員として、厚生労働省として何ができるかを一生懸命考えて仕事をしましたが、外の人と一緒にみんなで何をするのか、何ができるか、何をやりたいか、やらなくてはいけないかを考え、話し合い、協働してすすめられればさらに良かったと思うからです。これは私の大きな反省点のひとつです。人々が協働することで、SDGsも前に進んでいくと思います。
2.我が国の社会問題 ~少子高齢化~
現在の日本社会で最も大きな問題は、少子高齢化だと思います。(図表1)は日本社会の高齢化が他の国よりも早いスピードで進んでいることを示したもので、日本の高齢化が急速なスピードで推移し、韓国がそれを追いかける、これが世界の状況です。
(図表1)65歳以上人口割合の推移
出所)日本は、総務省「国勢調査」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計):出生中位・死亡中位推計」(各10月1日現在人口) 諸外国は、United Nations,World Population Prospects:The 2017 Revisin
急速な高齢化が進むと、社会保障費が大きく膨らんでいくので、国の財政は非常に苦しくなります。赤字の財政が続いているため、国債を発行して借金で賄っています。その借金は次の世代へ付け回されることになり、大変厳しい状況です。
(図表2)社会保障給付費の推移
資料:国立社会保障・人口問題研究所「令和3年度社会保障費用統計」、2022~2023年度(予算ベース)は厚生労働省推計、2023年度の国内総生産は「令和5年度の経済見通しと経済財政運営の基本的態度(令和5年1月23日閣議決定)」
(注)図中の数値は、1950,1960,1970,1980,1990,2000,2010,2020及び2021並びに2023年度(予算ベース)の社会保障給付費(兆円)である。
(図表3)一般会計における歳出と歳入の推移
(資料)財務省 日本の財政関係資料(令和4年4月) 第1部 我が国財政について 2.一般会計における歳出と歳入の推移
(注1)令和2年度までは決算、令和3年度は補正後予算、令和4年度は予算による。
(注2)特例公債発行額は、平成2年度は湾岸地域における平和回復活動を支援する財源を調達するための臨時特別公債、平成6~8年度は消費税率3%から5%への引上げに先行して行った減税による租税収入の減少を補うための減税特例公債、平成23年度は東日本大震災からの復興のために実施する施策の財源を調達するための復興債、平成24年度及び25年度は基礎年金国庫負担2分の1を実現する財源を調達するための年金特例公債を除いている。
では、なぜ日本の少子高齢化は急速に進んでいるのでしょうか。先進国の平均寿命は同じようなスピードで伸びています。高齢化は、どこの国もそれほど差はありません。(図表4)のとおり、主要先進国において、日本女性の平均寿命が最も高く、これは、戦後の日本が医療、公衆衛生、食生活、住宅、福祉等に力を入れた成果によるものだと思います。一方で、日本の出生率は、諸外国と比較すると低い水準にあり、長期的に少子化傾向が続いています。
社会保障の持続可能性と財政健全化の両方を実現するために、「社会保障と税の一体改革」を実施し、政府は消費税率を引き上げる一方で、社会保障費の増加を抑制する政策を導入し、社会保障の充実においては、子供・子育て支援に重点を置くことを決定しました。この約10年間、国民の痛みを伴う改革に政府は勇気を持って取り組んできました。
しかし、これからのことを考えると、これだけでは十分ではありません。日本は少子化に加え、労働力人口の減少が進行しています。高齢者の一人暮らしが増加し、家族や地域の支援力が弱まる中、財政的な余裕も減少しています。このような状況下で、福祉をどのように維持していくかという非常に難しい課題に直面しています。
(図表4)主要先進国の平均寿命の推移
(資料)OECD「Health Statistics」、UN「Demographic Yearbook」
(注)1.1990年以前のドイツは、旧西ドイツの数値である。
2.1982年以前のイギリスはイングランド(ウェールズ)の数値である。
(図表5)諸外国の合計特殊出生率の推移
(資料)人口動態統計(日本)、UN「Demographic Yearbook」、Eurotat等
(図表6)2025年までの社会の変化と2025年以降の社会の変化
(出典)総務省「国勢調査」「人口推計」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口 平成29年推計」
3.地域共生社会とは
解決策として、一つのヒントがあります。生活困窮者自立支援法の制定の際、気づいたことがあります。日本は多大な努力を払い、社会保障制度を整備してきましたが、それでもなお困窮者が存在しています。困窮者には二つの共通点があります。一つは、様々な困難が重なっていること、もう一つは、社会とのつながりが断たれていることです。つまり、制度の充実だけでは不十分であり、縦割り構造を排除し、関係者が適切にネットワークを構築することが重要だと思います。また、社会、地域、市民が困窮者とつながり続けることが重要です。そこで、「地域共生社会」の理念・概念が提唱され、政府においても実現に向けて本格的な取り組みが始動しました。市民が互いに助け合い、産業、スポーツ、文化など様々な分野で地域の人々が支え手となることで、制度だけでは救えない部分をサポートできるようになります。私たち一人ひとりも、少し発想を転換する必要があります。
(図表7)地域共生社会とは
日本人は「他人に迷惑をかけるな」と教えられて育ちますが、『自立』という概念を再考する必要があるのではないかと私は思います。小児科医で依存症の専門家でもある東京大学の熊谷晋一郎氏は、『自立』の定義を「『自立』とは依存しないことではない。『自立』とはたくさんのものに少しずつ依存できるようになることである」と教えてくれました。私はこの定義を広めたいと考えています。これにより、依存される側も負担が軽減され、「私のできることでお手伝いしますよ」という風に社会全体がなれないかと思っています。
「市民社会」という言葉が先ほど出てきましたが、厚生労働省に勤務していた頃、「問題が起こるといつも怒られる立場でつらい」と、フィランソロピー協会の方に話したところ、「非難されるということは、依存の裏返しなのよ」と言われました。人は困ったことがあると行政に依存し、「行政、しっかりしろ」という非難の声を上げます。企業は経済活動を行い、市民セクターはまだ脆弱な状況では、行政への批判ばかりが大きくなり、これでは大きな社会課題の解決はできません。行政、企業、市民セクターがそれぞれの強みを発揮し、社会を支え、市民中心の社会を築く必要がある。本当にその通りだと思います。
「市民中心社会」というと、「市民」が別にいるように思われるかもしれませんが、行政の職員、企業の社員、NPO、NGO、協同組合のスタッフもみんな市民です。自分たちで自分たちの幸せを考え、そして自分が所属している組織の強みを活かして、 社会問題を解決していくようになれたら、これが本物の市民社会ではないかと思っています。私の大好きな日本福祉大学の福祉の定義ですが、福祉をひらがなで「ふ・く・し」と書いて、「普通(ふ)の暮らし(く)の幸せ(し)」と読みます。福祉の意味を少し大きく捉えて、それをみんなで実現できたらすごくいいなと思います。
【事例報告2(第二部から)】
「北欧福祉社会と協同組合について 戦間期の北欧をみた日本人・賀川豊彦」
1.スウェーデン福祉国家の特徴
私は1990年代に3年間、スウェーデンのベクショー大学とルンド大学に留学し、いまも毎年のように、スウェーデンや北欧の国々を訪れて高齢者介護を中心に研究を続けています。 2018年にスウェーデンと日本の修好150周年を記念した出版を行うことになったことがきっかけで、賀川豊彦という人のことを深く知ることとなり、戦前のスウェーデンと関係があった日本人として、この記念すべき本に賀川先生のことを書き残したいと強く思いました。
SDGsで注目される北欧の国々は人口規模が小さいです。スウェーデンは、積極的に移民を受け入れてきたこともあり、私が留学していた後の30年間で人口が200万人増えて、1,000万人に、一方、デンマーク、ノルウェー、フィンランドは500~600万人で、アイスランドに至っては約40万人と、とても人口規模が小さい国々です。
北欧社会の特徴は、みんなが働く社会であるということ、男性も女性も、障がいのある人もない人も、みんなが働いて税金を納めて福祉社会をつくるという構造で、公的セクターの役割が大きい社会です。私が留学していた1990年代頃は、老人ホーム、小・中学校、高校、大学のすべてが公的なものでした。自分たちが払った税金によって、自分たちの生活が守られているというように、福祉国家の機能や役割が国民に理解されています。そして、すべての人を対象にした福祉はユニバーサリズムといわれ、福祉サービス給付が充実しているといわれています。その背景にある法律が1982年施行の「社会サービス法」です。生活上の「困り事」というのはいろんなものが複合化して起こりうるもので、例えば、生活保護や、児童福祉、高齢者福祉、障がい者福祉、アルコール依存症の人たちなどを含めて、必要な人に必要なサービスを提供することを基礎自治体である「コミューン」(デンマークではコミューネ)が最終的に責任を負うという規定がこの社会サービス法に書かれています。基礎自治体を日本語に訳すと「市町村」となりますが、北欧のコミューンによる地方自治には、協同組合の理念が浸透しているように私には見えます。私は包括ケアを勉強するためにスウェーデンに留学しました。当時の日本では、寝たきりの人の在宅介護にホームヘルパーが訪問する日は週2回程度という状況でしたが、北欧の国々では24時間365日対応の在宅介護サービスがあり、高い利用率にも関わらず、すべて自治体の直営で行われていることに、驚きと感心で目を丸くしました。 今でも北欧諸国は格差の少ない、SDGsの優秀国であることが知られています。相対的貧困率の国際比較(図表1)を見ても、格差の大きい日本社会と、対照的な国として、北欧の国々が挙げられることが多くあります。
(図表1)相対的貧困率の国際比較
(出所)労働政策研究・研修機構(JILPT)「データブック国際労働比較2024」
(原出所)OECD "Income Distribution-Poverty" 2023年8月現在
2.時代によって異なる北欧諸国の取り上げられ方
時代によって、北欧社会の取り上げられ方は異なっており、私が勉強し始めた頃の北欧型福祉国家は、主に福祉の研究者が関心を持っていましたが、2000年代以降は「格差なき成長は可能である」という取り上げられ方がされ、福祉の研究者よりも経済の研究者が関心を持っているようです。これだけ格差のない平等な社会を実現しながら、経済成長も実現していることが経済誌などに取り上げられています。豊かな国の象徴である福祉のモデル国として北欧諸国が取り上げられたのは1990年代以降です。1970年代には「福祉が行き過ぎて、社会問題が多発している国」として取り上げられていました。「自殺が多い」、「高齢者が孤独」、「若者の薬物中毒」、「若年層の妊娠」など多くの社会問題を抱え、「あのような国になってはいけない」と言わんばかりの本が出版されていた時代です。当時、高度経済成長期の日本がオイルショックの影響を受け、経済に対する先行き不安から「福祉、福祉と言っているとこの国は衰退する」と言われた時代に、北欧の社会問題が反面教師として取り上げられました。
3.賀川豊彦とデンマーク・スウェーデン
日本人にとって未知の国だったスウェーデンを初めて日本に紹介してくれたのが、賀川豊彦でした。1936年に出版された、M・W・チャイルヅの「中庸を行くスヰーデン:世界の模範国」を賀川豊彦と嶋田啓一郎(当時、同志社大学教授)が共訳し、日本がファシズムに向かっていく時代にあって、スウェーデンという国の評価をしたわけです。賀川豊彦は1924年と1936年に聖地巡礼で北欧諸国を訪れています。当時の北欧は、特にスウェーデンの福祉国家ビジョンとされる「国民の家」という構想が発表されて、スウェーデンにおいて社民党長期政権の土台ができた頃でした。賀川豊彦は、この時代に共助のもとで自立して生活する人々の姿を見たのだと思います。著書の中では、「デンマークが自作農創定金※1に無利子のまま15年措置で、1億5,000万円の基金をもって小作農民に皆に土地を持たせ、安定した生活ができるような政策を行っていること」が紹介されています。「370万人の家族に年間で僅か700万円の予算しか使わない日本とは大違いです」とも書かれています。「畜産室の奇麗なこと、デンマークの豚は日本の人間よりも良き境遇にいる。これなればこそ世界一のベーコンもできる」という手記もあります。また、後年、賀川らが農民福音学校の設立の際にモデルとした、フォルケホイスコーレ(国民高等学校)にも感銘を受けたことも書いています。「デンマークでは、隣人同士が協力することが宗教になっている」、そして「その宗教が国民の常識になっている」。また、「スウェーデンでは労働者が住む住宅が綺麗である」、「託児所などが協同組合によって作られている」、「生命保険組合が基礎となり、ほかの組合は事業資金をこの保険組合からの融通を受けているとし、その結果、さまざまな事業に資金が行き届き、順調な成長を遂げている」と賀川は述べています。さらに「妊娠したときは妊娠保険組合から、病気のときには養老年金制度から、死亡したときは生命保険組合からの支援があり、日用品は搾取なき消費組合から買い求めることができ、住宅も住宅組合から借りることができる」、「世界一立派な生命保険組合が営利を離れて、無産階級の生命保険を扱っている」、「生活圏、労働権、教育権を保障してくれるこういう国であれば、犯罪は発生しない」という記述もあり、戦間期に賀川がみた北欧諸国は、人々の知恵と協同で築かれた豊かな社会であり、戦後に私たちが学んできた北欧型福祉国家の基盤となる社会だったと考えられます。
4.実際の生活のなかにあるキリスト教の友愛精神
TIDEVARVET(ティーデヴァルヴェット)の記事に、1936年7月にストックホルムのエマニュエル教会で賀川豊彦が行った大演説会のことが書かれています。演説の中で、賀川は「スウェーデンは小さい国であるが、数多くの協同組合の強力な事業があり、豊かな国となっている」と言っています。賀川豊彦の代表作「死線を越えて」、「乳と蜜の流るゝ郷」は日本で発刊された直後にスウェーデン語になって出版されています。王立図書館の資料を検索すると、47冊もの賀川豊彦の本が蔵書されているということに私は驚きました。そして、平和への願いを込めて、スウェーデン研究者からは、二度にわたりノーベル文学賞の候補として推薦されており、さらにノーベル平和賞への推薦もなされていました。賀川豊彦という人がスウェーデンの人たちからいかに愛され、信頼されていたかがわかります。 本日の報告は、「賀川豊彦とスウェーデン・デンマーク:戦間期の北欧をみた日本人」大阪大学学術情報庫OUKA ※2の内容に基づくものです。合わせてご覧いただければ幸いです。
大阪大学学術情報庫OUKA https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/71784/idun_23_225.pdf
大阪大学学術情報庫OUKA https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/71784/idun_23_225.pdf