Web 共済と保険2025年8月号
労働者協同組合とは何か―みんなでつくる協同組合の実践(下)
5.労働者協同組合の展開にみる特徴と強み
労働者協同組合に関心をもつ人々が増加する中、労働者協同組合法(以下、「労協法」)が成立したことにより、その働き方や仕組みに魅力を感じて組織運営する人たちが増えています。
その一方、労協法人のみが労働者協同組合であるかのように捉えられてしまう恐れも出てきたように思います。たとえ、NPO法人、一般社団法人、企業組合、株式会社や合同会社などの法人格で運営されていたとしても、あるいは、法人格のない任意団体として運営されていたとしても、「そこで働く人々が所有し管理する協同組合」という組織形態をとっていれば、それは当然、労働者協同組合ということになります。逆にいえば、「法人格に囚われすぎることは、組織運営をする際に最も重要なことを見失ってしまうきっかけになるかもしれない」という危険性を、一人ひとりが常に心に留めておかなければなりません。
日本では、労協法の成立前から、ワーカーズ・コレクティブやワーカーズコープが、40年以上に渡り、労働者協同組合の概念を周知し、法制化運動を展開してきた歴史があります。そこで、日本における労働者協同組合のこれまでの展開を確認した上で、その特徴と強みついて、簡単に確認しておきたいと思います。
(1)ワーカーズ・コレクティブ
労働者協同組合の1つであるワーカーズ・コレクティブは、もともと、生活クラブ運動を基礎に、生活クラブ生協、代理人運動と共に発展してきました。
生活クラブ運動の1つである生活クラブ生協は、1982年に、班別予約共同購入システムに加え、地域に設けられた「デポー」(小型店舗形式)を拠点とするもう1つの購入システムを始めました。そのデポーのフロア業務を担うべく神奈川県に誕生した労働者協同組合が、「ワーカーズ・コレクティブ・にんじん」でした。その後、ワーカーズ・コレクティブは、全国に増えていきました。
▶︎企業組合「ワーカーズ・コレクティブ・にんじん」の活動紹介
にんじん [企業組合ワーカーズ・コレクティブ・にんじん]
ワーカーズ・コレクティブは、2004年に発行された全国会議の記録集で、自組織を、地域に暮らす人たちが生活者の視点から地域に必要なものやサービスを市民事業として事業化し、協同組合(自分たちで出資し、経営し、労働も担う)で運営する「働く人たちの協同組合」と定義した上で、その働き方は、雇用された労働ではなく、対等な立場で自主的に自己決定し、責任を持つ協同する労働、すなわち、「協同労働」であることを明記しています。
生活クラブ運動は、生活者主権の確立を通して社会の仕組みを変える生活者運動であることがベースにありますので、ワーカーズ・コレクティブも自分たちの「生活」を中心に据えて、生活者がその地域にとって必要な社会的有用物を生み出す協同労働であり、市民運動であるという点に特徴があります。
ワーカーズ・コレクティブは、労協法が施行されるまでは、NPO法人、企業組合、任意団体などで運営されてきました。労協法施行後に労協法人に移行した団体もありますが、現在も、労協法人に移行せず、運営されているワーカーズ・コレクティブもたくさん存在します。
(2)ワーカーズコープ
ワーカーズコープは、全日本自由労働組合(全日自労)の失業対策事業の打ち切り反対闘争にその萌芽(ほうが)を見出すことができます。失業対策事業の打ち切りに対して、いくつかの地方自治体で、就労者自身が事業体をつくれば仕事を発注するという動きがあり、1971年に兵庫県西宮市で、労働者の自主管理的な発想を含めた「高齢者事業団」が生まれました。それ以降、失業者や中高年齢者の仕事づくりを目指す事業団が全国各地で増加し、1979年には全国協議会が生まれました。その後、ヨーロッパで発展してきた労働者協同組合運動と共通の性格をもつと捉えられ、検討の結果、全国協議会は、1986年に労働者協同組合連合会へと発展しました。
現在、ワーカーズコープは、働く人びとや市民がみんなで出資し、経営にみんなで参加し民主的に事業を運営し、責任を分かち合って、人と地域に役立つ仕事を自分たちでつくる協同組合と規定されます。また、ワーカーズコープは、自組織を協同労働の協同組合と位置付けていますが、協同労働は、①働く人同士の協同、②利用者や家族との協同、③地域との協同であることが規定されています。
ワーカーズコープは、もともと労働組合が母体だったこともあり、労働運動に重きをおいた展開をみせてきました。それを踏まえつつも、「よい仕事」を地域のために広げながらも、地域における受け身でない自主的・主体的な仕事づくりを多様な業種で展開しています。
(3)労働者協同組合の特徴
最近では、労働者協同組合でなくとも、ティール組織や自律分散型組織など、みんなで協同労働、共同経営を実践する組織も増え始め、労働や経営に対する考え方に変化が訪れていることを実感します。ただ、協同労働や共同経営を実践する組織が増えたとしても、労働者協同組合において重要なこと、かつ、忘れてはならないことは、労働者協同組合が「協同組合」であるという点です。原点に立ち返ると、協同組合は、資本主義のもとでの暮らしをめぐる困難、その時々の社会課題・地域課題に対して形成されるという特徴をもちます。したがって、労働者協同組合は、社会的に弱い立場に置かれがちな人々や社会的に排除された人々も組合員となり、全員で仕事づくりを担い、労働するという点に特徴があります。
また、労働者協同組合では、労働者の労働のあり方が非常に重要になります。資本主義システムにおける労働は「賃労働」の形態をとります。賃労働では、労働者たちが、生きていくために自己の労働力を商品として資本家に売り、利潤最大化を目的とする労働を強制されることになります。それに対して、労働者協同組合では、構想と実行を一致させる働き方を目指す組織づくりを行いながら、社会的有用物を生み出す労働を展開してきた点にも特徴があります。
以上のような特徴は、労働者協同組合が今後発展していく上での強みになっていくと考えられます。
6.労働者協同組合の組織運営が気づかせてくれたこと
私たちは、2023年11月、静岡県磐田市において、仲間5人で労働者協同組合いわたツナガル居場所ネットワーク(以下、「ツナガル居場所」)を立ち上げました。ツナガル居場所は、不登校児とその親の居場所づくりを目的としながら、組合員それぞれの力を持ち寄って仕事づくりをしています。
いわたツナガル居場所ネットワーク設立総会(2023年11月)
▶︎労働者協同組合 いわたツナガル居場所ネットワーク
ツナガル居場所の組合員は、日頃から、それぞれ異なる仕事をもって働いています。労協法人の運営は意見反映が基本原則ですので、各自の専門分野の観点から意見を出し合い、お互いに意見を尊重する話し合いを行います。みんなの意見を尊重すると同時に、自分の意見も尊重されることによって、自分がこの組織の主役の1人であることを認識することができます。
1人で起業することはハードルが高いと感じていた人々にとって、労協法人は全組合員が経営者として責任を分かち合うため、起業のハードルを下げるメリットがあります。また、労協法人を選択したことによって、構想と実行を両立するような受け身でない働き方を目指すことになるため、本来の労働とは何かを考えるようになります。さらに、労協法人の運営を通じて、たとえば、ツナガル居場所であれば、不登校児の現状や日本の公教育の現状に加えて、制度とは何か、政治とは何かということも考えるようにもなりました。私たちを取り巻く「当たり前」を疑い、仲間と意見交換できるようになったことは、私たちの財産といえます。そして、現在の労働のあり方や経済システムに疑問をもち、労協法人を同じような理由でつくった人たちとつながり始めたことも大きな利点であると感じています。協同組合という共通点によって、私たちは一人ではないと強く感じることができます。
ツナガル居場所が2025年5月に開催した3回目の総会では、この1年間に新たにチャレンジしたこと、事業の地域への広がり、そして、理事会で話し合ってきた内容を再確認し、改めて、労協法人は、意思決定のプロセスを通じて人間性を回復できる組織であり、自分らしくいられる組織であることを実感しました。
組織運営において、私たちはつい受け身になりがちです。でも、自発的、積極的に、自分のやりたいことを仲間に伝えて全員でそれを実現していくプロセスや、仲間のやりたいことに触発されて、私だったらこんなことができるかもと新たなアイディアが生まれてくるプロセスは、まさにとても人間らしい営みだといえます。
7.労働者協同組合の抱える課題と協同組合セクターへの期待
労協法施行後、新たに設立され始めた労協法人は、地域における媒介者(コーディネーター)としての役割を担っていくことも期待されています。協同組合はメンバーシップ型組織であり、閉鎖的になりがちな特性をもっていますが、地域の多彩な人たちを巻き込み、仕事づくりを担う労協法人は、従来の協同組合を巻き込みながら地域に広がり、自分たちのアクションを広げていける可能性があります。
労協法人の設立において重要な要素に「仲間づくり」があります。高齢者の「仲間づくり」をどのように実現させればよいのかという質問がたびたび寄せられます。一方、労協法人が地域で動き出すと、新たな仕事が次から次へと生み出されますが、バックオフィス業務を担える人材が不足しているという課題もあります。そんな時に、定年退職された方々が、これまで会社や行政や協同組合などの組織で培ってきた専門知識を活かして一緒に仕事ができたら、世代を超えた仕事づくりができるのではないかと思います。
2025年は国連の定める2回目の国際協同組合年です。誰もが設立できる協同組合としての労協法人を活用し、国際協同組合年を盛り上げていくことができればと思いますし、協同組合がセクターを超えて連携を深めるきっかけになることを期待します。まだ、身近に労協法人が設立されていない地域もあると思います。みなさんの身近な地域で、労協法人を作ってみませんか。
参考文献
- 第6回ワーカーズ・コレクティブ全国会議実行委員会(2004)『第6回ワーカーズ・コレクティブ全国会議in北海道記録集 働きづくり まちづくり ワーカーズ・コレクティブがあたたかい地域をつくる』WNJ。
- 松本典子(2025)『労働者協同組合とは何か―連帯経済とコモンを生み出す協同組合』中央経済社。
- 労協連35年史編纂委員会(2017)『みんなで歩んだよい仕事・協同労働への道、そしてその先へ ワーカーズコープ35年の軌跡』日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会。